桜花彩麗伝


「恐らく、指揮を()っている何者かがいるのでしょう。虞家や寧家はその名を利用されただけ」

 朔弦の言葉にはっと顔を上げる。

「もしや奥方さまを手にかけた兇手(きょうしゅ)も……」

「ああ、利用されたのだろう。よりにもよって劉氏の件を蒸し返したのには意図があるはずだ」

「……また何か仕掛けるつもりでいるんだろ」

 なるべく感情を押し殺し、悠景は淡々と言った。
 そうしなければ感情がまとまらなかった。黒幕の卑劣さに腹が立つ上、思いのほか強大な気配にもたじろいでしまう。

 朔弦は叔父の言葉を、俯くように首肯(しゅこう)した。

 虞家や寧家を貶めるための所業だったのであれば、既に目的が果たされたいま、これ以上の害はない。
 しかし、そうでないとなると────今回の一件はとっかかりに過ぎない。
 このあと、黒幕は“本来の目的”を遂行するために動き出すだろう。
 さらなる凶事(きょうじ)が待ち構えているわけだ。

 わざわざ緋茜の死を蒸し返したということは、元明に対する挑発とも受け取れる。
 すなわち、鳳家への宣戦布告。

「…………」

 元明は視線を落とした。
 こうも卑怯で、尊大(そんだい)で、鳳家を相手取って事を仕掛けられる者など、ひとりしかいない。
 強い妬心(としん)が、()を誰より残忍にしているのだろう。

「……春蘭には、すべて黙っていて欲しい」

 ややあって、元明が優しい声で言った。
 胸の内を渦巻くあらゆる感情を持ち出せば、相手の思うつぼだということをよく分かっていた。

 母の死について何も知らない春蘭に余計な心労は負わせられない。
 一件を耳にすれば、妃選びの妨げにしかならないだろう。
 そんな元明の判断に異を唱える者はいなかった。



     ◇



 蕭邸、母屋(おもや)にある容燕の部屋へ黑影が参上した。

 例の兇手(きょうしゅ)をその手で斬った航季は意気揚々と父に報告へ向かい、計画の成功を悟った容燕とともに上機嫌で祝杯を挙げていたところであった。
 しかし、一方で黑影の表情は晴れない。

「どうだ、黑影。おまえもこっちへ来て一献(いっこん)傾けろ」

 いつになく愉快そうに航季が言った。
 黑影は、すぐには答えられなかった。

 そのときのこと────山道での出来事が自ずと脳裏(のうり)に蘇ってくる。

『そんな……。お助けを! 俺はただ、あの女を殺したときから容燕さまの言う通りにしてきただろ!』

 抜き身の剣を目の前に腰を抜かした兇手(きょうしゅ)は、必死の形相で航季に訴えかけた。

 十五年前、容燕の命に従って劉緋茜を殺害したのちは、死んだように息を潜めて生きてきた。
 生活に困らないだけの資金提供を受け、隠遁(いんとん)してきたのもほかならぬ容燕の指示である。
 それが、いまさら何の(いわ)れがあって裏切られなければならないというのか、男にはまるで理解できなかった。