桜花彩麗伝


 先ほどまでの気弱さが抜け、凜然(りんぜん)とした表情で答えた航季に容燕は満足気に頷く。
 心もとなさは伴うが、蕭派の重臣(じゅうしん)に、次期当主たる航季の存在、そして力量を認めさせる機会でもある。
 蕭家の命運を懸けた重要な計画の指揮を()らせ、見事成功をおさめたのであれば、今後刃向かう者は誰もいなくなるだろう。

 仮に失敗したとしても、容赦なく切り捨てるつもりでいた。
 実子であろうと関係ない。
 (かせ)となる者は、容燕の()には不要である。
 容燕が失敗するのと、航季が失敗するのとでは意味がまるでちがう。
 前者は蕭家の破滅を表すが、後者であればとかげの尻尾切りで済む。
 仕損じたら、容燕の手で航季を処刑するだけだ。
 どちらに転んでも容燕自身に損はない。



 航季が自室に戻ると、控えていた黑影が一礼した。
 いつになく自信に満ち、意気揚々としていることに気づいた黑影は尋ねる。

「何かよいことでも?」

「ああ。やっと……やっと、父上が()()()のことを忘れてくれたようだ」

 心が震え、声に熱が込もる。
 幼少期、憎いあの男を“碧兄上”などと慕っていたことを心底恥じ入る。
 いま思えば、反吐(へど)が出そうであった。しかし、それも過ぎた話である。
 これからはもう、碧依に苦しめられることもなくなるのだから。

「いいか、黑影。いまからおまえに指示を出す。俺の言う通りに動け」



     ◇



 夜が明けると、悠景と朔弦が鳳邸を訪ねてきた。
 客間で卓を囲み、ややあって悠景が重たげに口を開く。

「……竹林で上がった遺体のことはご存知で?」

「ああ……うん。聞いてるよ」

 力なく頷いた元明を、櫂秦は窺うように見やった。
 ついこの間、紫苑に尋ねようとしたこと────緋茜がいかにして命を落とす羽目になったのか、その答えが明かされた形となる。
 十五年前、彼女は兇手(きょうしゅ)に襲われたせいで亡くなっていたのだ。
 その兇手が、遺体として発見された。
 しかもいまになって自白した上で自害するとは、元明にとってしても複雑な心境であろう。

「実は、他殺の可能性が浮上しています」

 硬い声色で朔弦が言う。
 もともと官衙に勤めていた莞永の伝手(つて)を借り、遺体の状態や捜査状況について詳細に把握していた。
 例の兇手は不意を突かれて首に致命傷を負ったと見られ、遺書に関しても捏造(ねつぞう)である可能性が高いようだ。

「どういうことだ? 何でそんなこと……虞家とか寧家を(おとし)めたい誰かの仕業?」

 櫂秦は怪訝そうに首を傾げる。紫苑も思案顔で眉を寄せた。
 妃選びに際し、一次審査を制したそのふたつの家門を陥れるべく(はか)った者がいるかもしれない。
 その結論に違和感はないが、どことなく引っかかりを覚える。