桜花彩麗伝


 思わず、といった具合に尋ねていた。
 妃選びでの態度を見た限り、自身と同じ志を感じたのである。
 つまりは彼女も春蘭と同じく────。

「なりたいわ」

 果たして芳雪は首肯(しゅこう)した。
 まさしくその答えを予想していたとはいえ、はっきりと言葉にされるとやはり動じてしまう。

 しかし、そんな春蘭の動揺を吹き飛ばすかのごとく、芳雪は悪戯(いたずら)っぽい笑顔で続けた。

「……なんて言えたらいいんだけどね。なりたくなんてないの、本当は」

「えっ?」

 戸惑いつつも、安堵している自分がいることに気づく。
 やはり彼女とは(いが)み合いたくなどない。
 同じ志を抱いていたのであれば、強敵となっていたことだろう。
 そういう意味でも素直に“よかった”と思ってしまう。
 いまになって、部屋で交わした会話が思い出された。そういえば、確かに“願い下げ”だと言っていた。

 芳雪はゆったりと池を見下ろした。
 夜空を照らす皓月(こうげつ)が、水面(みなも)にもゆらりと漂っている。

「わたしが王妃になったら……きっと、それだけで家と商団を立て直せるの」

 そう言いながら、屈んで池の月をすくい上げる。
 てのひらの上に載った月は、先ほどよりも揺れて霞んだ。

 楚家の娘が王妃に冊封(さくほう)されれば、その事実だけで、現在囁かれている雪花商団の悪評は消えてなくなることであろう。
 乗っ取られている商団を取り返すことも不可能ではなくなる。

 王妃への抜擢(ばってき)というのはそれほどに名誉なことであり、その権限は大きいのだ。
 家門と商団の危機において、それを利用しない手はない。
 雪花商団が完全に連中の手に落ちれば、楚家の存亡(そんぼう)にも関わってくるのだから。

「でも、わたしは“嫌だ”って思っちゃう。なんて自分勝手なんでしょうね……。分かってるけど、嫌なの」

 芳雪はそろりと指を折り、月を握って潰した。
 指の隙間から水があふれ、泡沫(うたかた)が揺れる。

 切実に“嫌だ”と言うのは以前にも言っていた通り、窮屈(きゅうくつ)な生活を忌み嫌うがゆえなのか、あるいはほかの理由があるからなのか、春蘭はすぐには分からなかった。
 しかし、後者にあてはまる答えはひとつであろう。

「……お兄さんの、こと?」

 口をついてこぼれた。
 芳雪はわずかに目を見張り、立っている春蘭を見上げる。
 ややあって、小さく頷いた。

「……そう。王妃になることは、商団にとっては願ってもみないことよ。でも、そのせいでますます兄さまの肩身が狭くなってしまう」

 三人は確かに兄弟だが、明確に区別されてきた。
 兄が望んでも、芳雪や櫂秦が歩み寄っても、周囲が馴れ合いを許さない。

 幼少の頃より親族は兄とふたりを分かつ一線を(かく)し、差別を徹底してきた。
 芳雪が王妃になったとしても、兄の立場が好転することはない。
 むしろ、その“線”をさらに濃くしてしまうことだろう。