桜花彩麗伝


 行灯(あんどん)の灯りがわずかに揺れるが、その表情は翳って見えない。

 唐突な言葉に戸惑いながらも、春蘭はおずおずと腕を持ち上げた。
 差し出されるより先にその手を取った朔弦は、手首の内側に人差し指と中指を当てる。少々弱っているが、脈は正常である。

「……もしかして、医術の心得(こころえ)があるのですか?」

「軽く学んだ程度だが」

 こともなげに言うが、彼の中での“軽く”が恐らく常人のそれとかけ離れているのだろうことは、想像に難くなかった。
 どこまで秀抜(しゅうばつ)一廉(ひとかど)の人物なのか、驚きや感心を通り越して恐ろしくさえある。

「……問題なさそうだな」

「あ、ありがとうございます」

 手首は解放されたものの、なぜか鋭い眼差しを向けられた。
 射すくめられたように萎縮せざるを得ない。

「あの、どうかしましたか……?」

 聞いたら負けだと分かっていながら、たまらず尋ねてしまった。
 朔弦は悠々と後ろで手を組んだまま身体ごと背ける。
 その横顔を見上げる春蘭につい緊張が走った。

「────丹紅山の(ふもと)にある堂を知っているか」

「え……」

「人里離れた場所で民は滅多に寄りつかない。周囲にほかの建物もなく、誰からの干渉も受けない。……()()()()のに最適だと思わないか?」

「!」

 冷徹な双眸(そうぼう)に捉えられ、言葉を失ってしまう。

 本題はこれだったのだと気がつくと全身が凍りついた。
 見舞いなど名分に過ぎず、実際には夢幻のことを探りにきたのだろう。

「な、何のお話ですか? そんなこと、どうしてわたしに……」

「分からないか。丹紅山といえば鳳家の荘園(しょうえん)のひとつだろう」

「それはそうですが……」

「この間見かけたんだ。そこに出入りする男の姿を。鳳家の者であるおまえなら、何か知っているのではないかと思った次第だが」

 春蘭の喉元を冷たい風が通り抜けていった。
 脳裏(のうり)に夢幻の姿が浮かび、焦りから心臓が早鐘(はやがね)を打ち始める。

「し、知りません。前も言いましたけど、銀髪の男の人なんてわたしの知り合いにはいませんから」

 まくし立てるように毅然と言いきると、漂う空気が刹那(せつな)凪いだ。
 下手に揺さぶりをかけられないよう強気に出たつもりだったが、朔弦は怯むどころかわずかに口角を持ち上げてさえいる。

「銀髪の男、か。それは初耳だ」