しるべ

「終わった？」
「奥さんなんて？」
「待てない」
「不安なんだけど」
「私も行く」
「私が行けばわかるんじゃない？」
「ねぇ」
「早く戻ってきて」



夏海からのメッセージが大量に
浩介のスマホに届いていた。
子供のようなメッセージの並びにため息が出る。

浩介は天野駅にいた。


夏海のメッセージに
焚き付けられるようにただ言い捨てて帰ってきた。
驚き酷く傷ついた佳乃子の顔が忘れられない。
「どうして」と泣く佳乃子をおいて家を出た。

「どうして…ほんとに…だな」

夏海とは単身赴任先の同僚だった。
仕事帰りに相談を乗っているうちに
事故的に一夜を共に。
そこからは佳乃子に嘘が簡単につけるようになった。
人が変わったと言えばそうだが、
元々俺はそういう人間だったんだと今では思う。


ーー佳乃子を傷つけてしまった。
俺が裏切った。
ずっと裏切っていた。

佳乃子が顔を覆って泣いた姿に
罪悪感を感じずにはいられなかった。

握ったスマホに力がこもって
大きいため息を吐き出すと
喫茶店の中から大袈裟に
満面の笑みで手を振る女が見えた。

ーー流石に今は笑える気持ちじゃない
そう思いながらも浩介は相手に合わせて
笑顔で手を振りかえす。


「遅いよ！家まで行こうと思ってたんだから！」

喫茶店から出てきた夏美は
浩介の腕に絡みついて甘えた声で言った。

夏海は34歳だが考えが幼く
いわば自己中心的だ。
もう少し俺が遅ければ言葉の通り
本当に家に来てしまっていただろう。
佳乃子と夏海の鉢合わせなんて考えたくもない。
浩介は早く戻れて良かったと胸を撫で下ろした。

ふたりが赤いミニバンの側まで来ると
大粒の雨がポツリとフロントガラスに落ちた。
浩介が助手席のドアを開けると
夏海はご機嫌で座った。
その様子にまたため息をついて
浩介は運転席に座る。

「浩介くん。ちゃんと言えた？」
「うん」
「良かったー。一つ前進！そーだ、今日何食べる？」
「何がいいかな」
「帰りにいいお店調べるね。何か食べたいとかある？」


「山菜パスタ…とか」
「えー何それおばさんの食べ物ー？好きなの？」
「…そうじゃないけど」
浩介はハンドルを握ると天野駅を後にした。
夏海はスマホでパスタのお店を探すことに忙しくて
浩介が頬を掻いたことに気づかなかった。