この関係には名前がない

「花火ですよ。今日この部屋の反対の方向で季節外れの花火大会」

「え、何それ。こっち側は音だけってこと?」
彼がうなずく。

「普通こういうときって、花火が上がって〝これからも頑張ろう〟って前向きになるやつじゃないの?」
「まあいいじゃないですか。音だけでも」

そう言って、真下くんがビールの瓶をこちら側に差し出して傾ける。
缶ビールを「コツン」とぶつける。

「……ありがとね」

「俺も、木崎さんとのこの時間で救われたことあるんで」
「そうなの?」

予想外のことを言ってくれた仕切り板の向こうの彼は、無言で優しく笑っている。

励ましてくれる相手がいることがうれしい。

音だけの花火大会に、一緒に乾杯できる相手がいるのがうれしい。

今日このタイミングで真下くんがいてくれて、ベランダに出てきてくれてうれしい。

そんな風に思ってしまっている。


その頃から真下くんは卒業論文の準備期間に入って忙しいらしく、あまり家にいない日が続いた。

正直なところ、ホッとしていた。
気持ちに危険信号が灯っていることくらい、自覚しているから。

〝お隣さん〟が距離を縮めすぎた。
それが私たちの関係。

このあたりで元に戻るべきなんだ。

それでもごくたまに合ってしまうタイミングに、胸を躍らせている自分がいる。