人魚の鼓動はあなたに捧ぐ




 少年の視線が向いた先へ振り返ると、サエキさんが立っていた。


「やぁ。いつの間に出かけてたんだい?」


 サエキさんがわたしの肩に置いた手は、力がこめられている。

 ……少し、痛いくらいに。


「ごっ、ごめんなさい……!」

「困るよコウタくん。この人はね、入院中なんだ。むやみに連れ出さないでくれないか?」

「えっ、いや、おれ……」

「サエキさん、わたしが勝手に外に出たんです!」

「……そう。じゃあ、帰ろうか」


 サエキさんはわたしの手を引くが、わたしはそれを、振り払った。


「あの、わたし、まだ、コウタくんと話したいことが──」

「だったら、帰ってから話せばいい。ね? コウタくん。よければ病院までおいで」


 サエキさんは微笑んでいて、声色も優しい。

 それでもやっぱり、ちょっとだけ怖いと思うのは、わたしがサエキさんのことを信じきれていないからだろうか。


「……や、また、今度にするよ」


 コウタくんは目を逸らして、それを見届けたサエキさんは満足そうに(きびす)を返す。

 残念な気持ちを抑えながら、わたしもサエキさんの後へ続こうとしたとき、コウタくんに服の裾を引っ張られた。

 それからコウタくんは、風に紛れるくらいの小さな声で、わたしに告げた。


「──狂信者がいる」


 言葉と共に、わたしの手に、さっき拾った貝殻を握らせる。

 わたしたちのやり取りに気づいていないサエキさんの背を、コウタくんは疑うような眼差しで見つめていた。