──彼は死んでいる。

 確認するまでもなく、そのことを理解した。

 彼の周りには、おびただしい量の血が飛び散っている。

 本当に受け入れがたい出来事を目にしたとき、人は悲鳴をあげられないし、視線を逸らすことさえできないと知った。

 見てはいけない。

 そう思えば思うほどに、目が釘付けになってしまう。

 横向きに倒れてこちらを向いているその死体は、中学生くらいの少年に思える。

 (うつ)ろに見開いた瞳に光はなく、もう何も映らないであろうことが嫌でもわかった。

 その瞬間、頭の中の引き出しが、ぎい、と(きし)んだ。


 ──わたしはそれを知っている。

 死んだ人間特有の、虚ろな瞳を知っている。


 思い出しては、いけない。

 そう直感すると共に、吐き気に襲われる。

 けれど出すものもなく、ただ海に向かってえずくだけに留まった。


 呼吸を整えて、もう絶対に死体の方は見ないと決心しながら立ち上がる。

 そのとき、これまで嗅いだことのない甘い香りが漂ってきた。

 何の香りだろう──そう思いながら香る方へ振り向こうとした、まさにその瞬間。


「……え……?」


 首筋に鋭い痛みを感じたかと思うと同時に、そこから熱くて赤い液体が吹き出した。

 一気にからだの力が抜ける。

 重力に(あらが)えずに崩れ落ちたわたしの視界に入ったのは、ブーツを履いた何者かの足だった。

 なにが起こったのか──理解なんて到底できず、考える暇さえ与えられずに、わたしはあっという間に意識を手放してしまった。