一緒に寝たら仲良くなれる大作戦、いいアイディアだと思ったんだけどなあ。
 実際幼稚園のときもお泊まりの後、仲良くなった子がたくさんいたし。
 なのに伊織くん、どうしてダメなんだろう?
 そして香織ちゃんはそんな伊織くんに、眉を吊り上げる。

「こら伊織、せっかく華恋が言ってくれてるのに、断ったら失礼じゃない」
「いいよ香織ちゃん。でも伊織くん、私もっと伊織くんとお話したいんだけど……ダメかな?」
「うっ……」

 伊織くんの顔が一瞬、赤くなったような気がした。

「ダメと言うか……なんで平気で、一緒に寝るなんて言えるんだよ。昔とは、色々違うだろ……」
「え、違うって何が?」
「何でもない。俺はその……疲れてるんだ。話をしたいなら、香織が華恋の部屋に行ったらいいだろ」
「あっ……」

 そっか、伊織くん疲れてるんだ。
 無理もないよね、アメリカからここまでの長旅だったんだもの。
 なのにそんな彼の都合も考えないで、ワガママ言っちゃってた。
 だけど落ち込む私の肩に、香織ちゃんがポンと手を置いてくる。

「私は別に疲れてないから構わないよ。華恋の部屋に、お邪魔させてもらえる? 今夜は遅くまで、二人きりで語り明かそう!」
「えっと、でもそれじゃあ、伊織くんが一人になっちゃうんじゃ」

 日本に来たばかりなのに、香織ちゃんを取っちゃったら寂しくないかなあ。

「平気。別に香織がいなくたって、どうってことないから」
「むうっ、可愛げのない弟め。後で俺も交ぜてって言ってきても、仲間に入れてあげないから」
「言うか。それと華恋、簡単に男子と一緒に寝たいとか言うなよな。華恋は……女の子なんだから」
「へ? でもそれなら、香織ちゃんだって……」
「香織とは姉弟だからいい別。とにかく、二度と変な事言わないように」
「ご、ごめんなさい」

 伊織くんが何をそんなに怒っているのかは分からなかったけど、どうしよう。
 仲良くなるどころか嫌われちゃったかも。

 けど挽回しようにも、疲れているのにいつまでも部屋にいるわけにはいかずに。
 香織ちゃんと一緒に、私の部屋へと移動する。

 私は普段ベッドで寝てるけど、その横にもう1つ布団を敷いて。
 電気を消すと、布団にもぐった香織ちゃんが話しかけてきた。

「ごめんね。本当は伊織と、話したかったんだよね」
「うん。でも何だか空回ってばかりで。伊織くん、私のこと嫌いになってないかなあ」
「あはは、大丈夫。それは絶対にないから。ねえ、隣に行ってもいい?」
「えっ? う、うん」

 布団を抜け出して、ベッドの中に入ってくる香織ちゃん。
 なんだか変にドキドキしちゃう。
 私とは違うシャンプーの香りがして、不思議な感じだなあ。

「ねえ華恋。私達が最初に会った時のこと、覚えてる? 私あの時、華恋に酷いこと言っちゃったよね」
「それって、しゃべり方が変だってバカにしてるって、言ったこと? あんなのどうでもいいよ」
「どうでも良くない。あんな事言ったのに、華恋はそれから毎日、友達になろうって言ってくれて。それが凄く嬉しかった」

 言いながら香織ちゃんは、ムギュ~って私を抱き締めてくる。
 あ、あはは。こういうスキンシップにはビックリするけど、向こうではこれが普通だったのかなあ?

「伊織だって一緒だよ。だから、華恋を嫌いになるはずがない。私が保証するよ」

 更に強く抱き締められて、ドキドキは最高潮。
 そ、そうだったらいいんだけど。
 はぁ~、明日はもっとちゃんと、伊織くんと話したいなあ。
 ……って、この時は思ってたんだけど。

 香織ちゃんとはしばらく話をしてたんだけど、やっぱり旅の疲れがあったのか、すぐに寝入ってしまった。

 でも私は隣に香織ちゃんがいるせいか、変にソワソワしてなかなか寝付けなかった。
 喉も乾いてきたし、ちょっと水を飲みに行こう。

 というわけで、香織ちゃんを起こさないようベッドから抜け出して部屋を出たんだけど。
 廊下に出てすぐ、誰かがいるのに気がついた。

 お父さんかお母さん?
 ううん、違う。そこにいたのは……。

「あれ、伊織くん? どうしたの?」

 そこにいたのは、なんと伊織くんだったの。
 お父さんもお母さんももう寝ていて、家の中は真っ暗だったけど、トイレに起きてたのかな。
 廊下の向こうからこっちに歩いてきた伊織くんと、鉢合わせしたの。

「華恋……少し水を飲みたくなって」
「あ、私も」

 図らずも同じタイミングで、喉が乾いちゃったんだね。
 二人してキッチンへと移動すると、コップに水を注いで伊織くんに渡す。
 だけど、どうしたんだろう。伊織くんは何故かそっぽを向いていて、こっちを見ようとしない。

「伊織くん、どうかした?」
「ちょっと……あのさ、さっきも言おうと思ってたけど、そんな格好で男の前に出るってどうなの?」
「そんな格好って?」

 慌てて自分の姿を見たけど、いつも寝る時に着ているパジャマ姿だ。
 最近暖かくなってきたから、薄手の生地。
 ピンク色をした可愛いデザインで、お気に入りのパジャマなんだけど……。

「え、ひょっとしてこのパジャマ、ダサい?」
「何でそうなる? 華恋は何を着たって可愛い……って、そうじゃなくて。男に寝巻き姿なんて見られて、嫌じゃないのか?」

 伊織くんは顔を赤らめながらそんなことを言ってるけど、でもさあ……。

「なに言ってるの。伊織くんはこれから、うちで生活していくんだもの。こんな事くらいで嫌がってちゃ、キリがないじゃない」
「まあ、それはそうなんだけど……」

 モゴモゴと口ごもりながら、またも視線を反らされる。
 いったいどうしたんだろう?

「そういえば、香織はどうしてる? 華恋に迷惑掛けてないか?」
「まさか。今は部屋で、ぐっすり寝てるよ。伊織くんは、一人で寂しくない?」
「……別に香織がいないからって、どうってことないから」

 心配して聞いてみたけど、何故か不機嫌そうに答えが返ってくる。
 どうしよう、私何か、機嫌損ねるような事言っちゃったかな? 
 男の子と話すのって、やっぱり難しいのかも。

「えーと……ごめん。伊織くん、ひょっとして怒ってる?」
「べつに怒ってはいないけど……なんで?」
「それは……なんだか再会してから、目を合わせてくれないし、避けられてる気がしたんだけど……」
「は? いや、違う。これは……」

 思いきって気になっていたことを尋ねてみたら、途端に伊織くんは慌て出す。
 そして……。

「その……ごめん。態度悪かった」
「へ? う、ううん。別に悪くなんて……」
「いや、愛想悪いって、自分でもわかってる。あー、もう。本当は華恋と話したいこと、たくさんあったのに」
「えっ?」

 暗くて見えにくいけど、伊織くんは照れたように目を泳がせている。
 私もいきなりそんな事言われたもんだからちょっと照れたけど、それよりも伊織くんの仕草が可愛くて、胸がキュンってなっちゃう。

「信じてもらえるか分からないけど、別に避けてたわけじゃないから。しゃべるの苦手なせいで、無駄に不安がらせてゴメン。こういう時は、香織が羨ましい」
「わ、私は別にいいから、伊織くんも気にしないで。それに、変に構えなくたっていいよ。また昔みたいに、たくさん話そう」
「ありがとう。けど、昔みたいには無理かも。華恋が……可愛くなりすぎてるから」
「ふ、ふえ? か、可愛い!?」 

 不意打ちでサラッと言うもんだから、顔が熱くなる。
 香織ちゃんにも何度も可愛いって言われたけど、伊織くんに言われるとまた違った恥ずかしさがあるから不思議。
 それに考えてみたら、男の子に可愛いなんて言われたの、これが初めてかも?

「も、もう、何言ってるの。私なんて、全然可愛くなんてないってば」
「華恋が可愛くないなら、この世に可愛い女の子なんて一人もいないってことになると思うけど?」
「どうして!? そ、それに、それを言うなら伊織くんだって、凄く格好よくなってるじゃない。向こうでモテてたんじゃないの?」

 これ以上私の話をされると心臓がバクバクしすぎて危ないから、慌てて話を反らす。
 すると伊織くんは、言いにくそうに顔を伏せた。

「そんなことないって。そもそも俺、女子は苦手だし」
「え、そうなの?」
「ああ……何を話したら良いかとか、どう接して良いかとか分からなくて、ちょっとな」

 人気ありそうなのに、なんか意外。
 それにお姉ちゃんの香織ちゃんは、人懐っこい印象があるのに。
 姉弟でも違うんだなあ。
 けどちょっと待って。女子が苦手ってことはだよ。

「ね、ねえ。それじゃあもしかして私、あまり伊織くんとは話さない方がいいのかなか?」
「待った。なんでそうなるの?」
「だ、だって今、女子は苦手だって……」
「確かに言ったけどさ……華恋は違うから。華恋は、特別な女の子だもの」
「えっ……ふ、ふえぇ!?」

 特別な女の子発言に、頭が沸騰……ううん、爆発しそうになる。

 ビ、ビックリした~! 
 昼間は塩対応だったのに、今はまるでお砂糖をお腹に流し込まれたみたいに、甘々な事言ってる!

 と、特別っていうのは、幼馴染みだから特別って事だよね?
 そんなこと分かりきっているのに、私ってばどうしてこんなにドキドキしてるんだろう。

「華恋、どうかした?」 
「な、なんでもない。あ、あはは……」

 とにかく、伊織くんは女子が苦手で、今までの素っ気ない態度は香織ちゃんが言ってた通り、緊張していただけだったみたい。
 こんなに格好いいのに、勿体ないなって思うけど、これはこれでギャップがあって可愛いかも。

 そして不安がる私をフォローしてくれる、優しい所もある。
 昔とは変わった所もあるけど、やっぱり伊織くんは伊織くんなんだなあ。
 上手くやっていけるか心配もしたけど、これならきっと大丈夫だよね。

「これからよろしくね、伊織くん」
「ああ、もちもんだ」

 穏やかな笑みを浮かべる伊織くん。
 ようやく彼と、ちゃんと話せた気がする。
 私は安心しながら伊織くんを見つめると、ニッコリと笑った。