玉響の花雫    壱

心の中で筒井さんのことを考えすぎて、空耳までとうとう聞こえて来てる。本当に重症だ‥‥。

少し低めの穏やかな声が、瞳を閉じると思い出されて涙がまた出てきてしまう

ああ‥‥最後に‥‥会いたかったな‥‥

『井崎さん、こんばんは。』

えっ!?


さっきよりもはっきりと耳元で聞こえた声に
閉じていた瞳を開けると、隣に立っていた筒井さんの姿に一気に涙が溢れてしまった

思い過ぎて幻覚が見えてるだけじゃないのだろうか?珈琲店もう閉まってるのに、どうしてここに‥いるの?

伝えたいことが沢山あるのに、大好きな人のいつもと変わらない姿にただただ涙が溢れ出る


『今日で最後だと聞いていたので、間に合って良かった。本当にお疲れ様でした。』


筒井さん‥‥‥

ポケットから出したハンカチを私の手を取り握らせてくれると、そのハンカチを握りしめ
目元に押し付けた。

なんで最後にこんな顔を見せてしまったのだろう‥‥わざわざここに来てくださったのに。


「‥ヒック‥‥ありがとうございます。」


ただのアルバイトが、大切なお客様を困らせてしまうのはいけないって分かってる。

筒井さん‥‥‥あのネックレスをいただいた日に今日の運を賭けたんです‥

今日あなたがここへ来たら、生きてきた人生で1番の勇気を出して想いを告げようと。


ハンカチで涙を拭うと、鼻水をすすりゆっくりと筒井さんに向かって顔を上げた。

筒井さんすみません‥‥今から私はあなたを困らせてしまうと思いますが聞いてください。


「‥‥好きです‥‥。私‥筒井さんのことがとても‥‥とても好きでした。」

震える声でそう伝えてから笑うと、涙がまた一筋頬に流れ落ちていく。

『フッ‥‥‥‥ありがとう。 僕もここへ来て、席から見る井崎さんの丁寧な接客がとても
大好きだったよ。ここも寂しくなるな‥‥。』

「‥‥いつでもいらしてください。マスターもとても嬉しいと思います。筒井さん‥‥聞いてくださってありがとうございます。お体に気をつけてお元気で‥」


私を傷つけないようにと、働いていた姿を褒めて断ってくれた大好きな筒井さんに、笑顔で最後にお辞儀をすると、そのまま背を向けて勢いよく走った。

大丈夫‥振られることなんてわかってた


あんな大人で素敵な人とどうにかなりたいなんて夢を見れただけでじゅうぶん‥。これでやっと前に進める‥‥


「ウッ‥‥ウウッ‥‥」

止まらない涙を流しながら家のそばまで来て立ち止まると、握りしめたままのハンカチで顔を覆う。

筒井さん‥本当に大好きでした。私もあなたのような素敵な大人になれるように頑張ります。

そしていつかまたどこかで会えることがあったら、その時はマスターの珈琲を一緒に飲んでください‥‥


次の日、私は貯めたバイト代で有名な美容院に行き髪の毛をバッサリ切った。

願掛けのように伸ばしていたわけじゃないけど、勇気を出した自分を受け入れつつ変わりたかったのだと思う。

晴れ渡る青空に向かって背伸びをすると新しい未知な世界に向かって歩き始めた