「傘,かえしにきた」
いらないって言ったはずなのに。
律儀にかえしにきた彼は,無事に風邪ひとつ引かなかったみたいで。
翌日の朝早々に,すんとした表情のまま私に傘を差し出した。
「あ,どうも……よかったね,元気そうで」
「おかげさまで」
しん。
お互いに,動けないし喋らない。
もう,受け取ったなら良いだろうか。
そんなことを教室の扉前で思う。
「え。あれ加賀宮 浬じゃない? やば。バカイケメンじゃん」
「えー。ほんどだぁ。加賀宮くん。誰と話してるんだろ」
「ん。意外も意外。ちなっちゃんだよ」
知らない女子が2人と,クラスメートが1人。
そんな3人の会話が聞こえてきて,思わずぎくりとする。
「……ちなっちゃん?」
「あ,うん。楠木 千夏。だからちなっちゃん」
加賀宮くんと言うその人の声に再び気を引かれて,私は彼を見上げた。
私も低い方では無いけれど,加賀宮くんはそれより更に背が高い。
175……はないかギリギリ。
少し離れてみると,そのスタイルのよさも際立つらしく。
よく見れば,髪型や顔も整っていて,今風に格好いい。
つまり,控えめに言ってもイケメンと言う事になった。
この,『傘を返しに来ただけというシチュエーション』が,皆の中でどう転ぶか分からない。
ゆっくり教室を確認すると,何人かが私達を興味ありげに眺め続けている。
「あ,じゃあ。傘,わざわざ返してくれてありがとう。風邪引かないように」
「うん。……じゃあね,ちなっちゃん」



