「透」

「何?」

「ストーカーみたいで、気食悪いわ」

「……」


清掃にHRを終えたあたしと奈々は、昇降口がよく見えるグラウンドの階段に座っていた。


「だって挨拶したいじゃん!」


あたしは昴先輩にさよならの挨拶をしたくて、昇降口から王子が出てくるのを見張っている最中。


「待ち伏せする必要性が感じられないわよ」

「今日逃したら一生出来ない気がするのっ!」


今日あったことを、たった一度だけ喋ったという思い出にしたくない。


何の接点もなかったあたしの名前が向井 透だってことも、ひとつ年下だってことも、昴先輩は知らなかった。


だけど今日、言えた。あたしの名前も、1年生だということも。


未だに夢みたいで、嘘みたいで。だから今度は自分から話し掛けるんだ。


それがただの挨拶だけでも、“トールだ”って分かるように。


覚えてもらいたい。この先も、覚えていてほしい。


「……昴先輩の前に、熱苦しいのが来たわよ」


そう言った奈々の視線の先には、こちらに向かってくる大聖の姿。


「ふたりとも、そんなとこ座って何してんの?」

「少し話してただけよ」


奈々が言えば、「じゃあ俺もー」と大聖も階段に腰掛けた。