「ミレイナ。君が来ない日は調子が狂う。いつの間にか、君が隣にいる一時間が一日の中で一番になっていた」
黒の髪が月明かりを浴びた優しく輝く。
「だから、ミレイナ。……いや、ミレイナ嬢。僕の伴侶になって。一時間じゃなくて、ずっと僕の隣にいて」
枯れかけのベスタニカ・ローズ。
繊細な薔薇が長旅を生き抜くのは大変だっただろう。
視界がぼやけた。こみ上げてきた涙をミレイナは慌てて拭う。
「わたくしがこの薔薇を受け取ったら、セドリックは他に好きな人ができても、結婚できなくなるのよ?」
ベスタニカ・ローズは王族の薔薇だ。
初代の国王が王妃にこの薔薇を捧げて以来、王族のプロポーズにはこの薔薇が使われてきた。
慣習というだけではない。
王家では、相手が薔薇を受け取った瞬間から、契約以上の強い効力が生まれると考えられてきている。
この先、セドリックがシェリーを好きになったとしても、ミレイナを簡単には捨てられなくなるのだ。
ミレイナは王都に帰ったら、すぐにでもセドリックに自分の気持ちを伝えるつもりだった。だから、彼のプロポーズは嬉しい。
すぐにでもこの薔薇を胸に抱きたかった。
けれど、振られるつもりだったから、喜びと不安が一気にミレイナを襲う。
本当に大丈夫? セドリックの一時の迷いではない? そんな不安がミレイナの手を止めるのだ。
セドリックは顔を歪めた。
なかなか薔薇を受け取らないミレイナに対し、彼は小さくため息を吐くと立ち上がる。そして、ミレイナの顔を覗き込んだ。
「僕は尻軽じゃない。ミレイナに振られたら生涯独身でいい。でも……」
「でも?」
セドリックがニッと歯を見せて笑う。
「ミレイナがそんなに不安なら、僕を閉じ込めて、ミレイナしか見れないようにしてよ」
「と、閉じ込めるだなんて……っ!」
「いい案でしょ?」
彼は意地悪そうな笑みを浮かべたまま、ミレイナの手を取った。
冷えた手に、彼の唇が触れる。



