「よ、喜んで、だと!?」

 自分で婚約破棄を宣言しようとしていたのに、どうしてプライドが傷ついたような顔をするのか、わけがわからん。

 ……おっと、今のわたくしは公爵令嬢。こんな言葉遣いじゃダメだよね。

「はい、喜んで。わたくし、一途な方が好みですので」
「なんだと!」
「考えても見てくださいませ、グレアム殿下。かたや女遊びを繰り返すダメな男性、かたやひとりの女性のために愛を貫く男性。どちらのほうが女性にとって魅力的でしょうか?」

 わたくしはもちろん後者よ。

「……それに、婚約者のいる男性に近付いて、仲良くなろうと思うことっておかしいと思いませんか? 奪うこと前提の(おこな)いですわよね? いえ、誰とは口にしておりませんわよ、誰とは」

 扇子を広げて口元を隠し、目元だけで微笑む。

 エミリアがサァっと顔を青ざめているのを見て、悪いことをしているという意識はあるのかしら? と一瞬考えたけれど……このヒロインにそんな感情があるとは思えない。

「ど、どうしてそんなに怖い顔をするんですか、アイリーンさまぁ……」

 その猫なで声やめてもらいたい。ぞわっと鳥肌が立ったわ。

 それでも、わたくしは表情を変えずに言葉を続けた。

「わたくしは、わたくしを一途に想ってくださる方が理想ですわ。ですので、婚約破棄を喜んでお受けするとお伝えしております」

 ぱちんと扇子を閉じて、自分の胸元に手を置いてにっこりと微笑むと、グレアム殿下がなぜか悔しそうに表情を歪めた。

 ……どうしてそんなに、悔しそうなのかしら?