亮平が台所に立っている姿をベッドの中で見つめている内にいつの間にかウトウトしていたみたいで、不意にすぐそばで亮平に声を掛けられた。

「鈴音、大丈夫か?起き上がれるか?」

「え‥?亮平…?」

目を開けると、そこには心配そうに私を覗き込んでいる亮平の姿があった。

「スーパーで、レトルトだけど卵粥を買ってきたんだ。今レンジで温めたから食べてみろよ」

「うん‥そうだね…」

見るとベッドサイドに並べているチェストの上に白いどんぶりに湯気の立つ黄色いおかゆが乗っている。どんぶりの中にはレンゲが入れてあった。

「おいしそうだね…」

何とか身体を起こし、布団の上にかけてあったフリースのパーカーを着ると亮平がどんぶりを差し出してきた。

「ほら、食べろよ。今薬と水を持ってくるから」

「ありがとう…」

どんぶりを受け取ると、亮平は水を汲みに台所へ行った。私は湯気の立つ卵粥をレンゲですくってフウフウ冷ましながら一口食べてみた。

「…おいしい」

卵と薄い塩味がとても今の身体に美味しく感じ、私はゆっく食べ進めた。そこへ亮平が水の入ったコップにヨーグルトとプリンをお盆に乗せて運んできた。

「鈴音、ヨーグルトとプリン、どっちがいい?」

テーブルの上にお盆を乗せると亮平が尋ねてきた。私はちょっと考えた。

「う~ん…両方?」

「よし、両方だな。そうだ、たくさん食べた方がいい。お前あの家を出てから随分痩せてしまったからな…」

亮平がポツリと言う。

痩せた…毎日会っている井上君にも言われてしまった。確かにお風呂に入る時、自分の身体を見て見るとあばら骨が浮いているし、服もぶかぶかで合わなくなってしまった。精神的にきつい事が沢山あったから…食欲も無くなっていたしな…。

「ご馳走様」

食べ終えたどんぶりを亮平に差し出すと、亮平がたずねてきた。

「よし、それじゃヨーグルトとプリン食べるか?どっちから食べる?」

「えっと…それじゃプリンからかな?」

「分かった、プリンだな? 鈴音は昔から若葉印のカスタードプリンが大好きだったよな?」

亮平はプリンを差し出してきた。

「え?これ…若葉印のプリンなの?」

若葉印とは私の好きな乳製品メーカーの名前だ。

「ああ、ヨーグルトもだぞ?」

「ありがとう、亮平。私の好きなメーカー…覚えていたんだね」

「あたりまえだろう?全く…いつからの仲だと思ってるんだよ」

「うん、そうだったね」

プリンを食べていたら、少しずつ食欲がわいてきた。

「鈴音、ヨーグルトも食べるんだろう?」

プリンが無くなりそうになった頃、亮平が尋ねてきた。

「うん、食べるよ」

「ほらよ」

亮平はまたラベルをはがすと、手渡してきた。早速口に入れてみる。程よい酸味となめらかな舌触りが口の中で広がる。

「やっぱり若葉印のデザートは美味しいね」

「お?鈴音…少し元気になったんじゃないか?顔色がさっきよりも良くなっているぞ?」

「そう?言われてみれば少し元気になれたかも…」

でも、そうなれたのは…亮平のお陰だよ。こんなふうに親切にしてもらうのは本当に久しぶりだもの。最後のヨーグルトを食べ終えると私は亮平に尋ねた。

「ねぇ、それにしても…どうして急にここへ来たの?」

「ああ、実は忍の事で大事な話があって、お前の勤めている代理店に行ったら今日は具合が悪くなって早退したって職場の人に聞いたからさ」

「…そうなんだ」

大事な話…お姉ちゃんに関わる話は今の私には何だか全てが怖い。

「それで大事な話って?」

「いや、今はいい。だって鈴音、すごく具合悪そうだからまた今度でいいさ。それより、ほらクスリ買ってきたから飲めよ」


亮平はスーツのズボンから風邪薬を取り出すと、チェストにトンと置いた。

「お前、頭痛持ちだろう?熱を出すと大抵酷い頭痛に悩まされていたしな‥。この薬は風邪と頭痛に効くらしいから飲めよ。カーテンは閉めといてやるから」

亮平は立ち上がって、私の部屋のカーテンを閉めると振り返った。

「それじゃ、俺…帰るから」

「…いや」

気付けば私は口を開いていた。

「どうした?鈴音」

亮平が私を見降ろす。

「帰らないで…亮平。心細いの。傍にいてよ…」

多分熱のせいだったのかもしれない。普段の私なら絶対に口に出さない言葉を口に出していた――