「これ、すごく美味しいね」

井上君と向かい合わせで運ばれてきた本日のおすすめメニューを口にしながら思わず顔がほころんでしまった。おすすめメニューの中身はミートドリアにオニオングラタンスープ、レタスとトマトのサラダにお好きな飲み物1杯分。

「うん。本当に旨いな。テイクアウトしたいくらいだ」

でも、こうやって誰かと食事するのってやっぱりいいかも。

「ありがとう、井上君」

「え?何が?むしろお礼を言うのは俺の方だよ。だってランチの誘いを受けてくれたんだからさ」

井上君はキョトンとした顔で私を見た。

「ううん。今朝は朝から私の寝不足に気が付いてコーヒーをご馳走してくれたし、今だってランチに誘ってくれたから」

昨夜のお姉ちゃんの衝撃的な言葉が頭から抜けられず、こうして誰かに気にかけてもらえるのは骨身にしみてありがたく感じてしまう。

「加藤さん。何かあったんだろう?」

いつの間にか全ての食事を終え、食後のエスプレッソを飲みながら井上君が尋ねてきた。でも昨夜の話をする事はしたくなかった。だって、とても重い話だし井上君はただの同期仲間だから身内の込み入った話をしたくは無かったから。

だからあえて私は笑顔を見せた。

「ううん。何にもないよ」

「そんなの信じられない。絶対に何かあったんだろう?加藤さんは気づいていないかもしれないけど・・今日の加藤さんの顔色は酷い。真っ青で今にも倒れるんじゃないかと心配になる位だ。それにね…」

いきなり井上君はテーブルから身を乗り出すと、右手を伸ばしてきて私の左手首を掴んできた。

「身体だって…入社日に比べて、随分と瘦せ細ってしまったじゃないか…手首なんかちょっと力を入れたら今にも折れてしまいそうだ」

「い、井上君…」

井上君に捕まれた手首が…熱い。井上君の右手が驚くほどに熱を持っている。それとも私が熱でもあるのかな…?

「加藤さん、俺は…加藤さんが本当に心配なんだよ」

井上君は私の手首を握り締めたままじっと目を見つめてくる。そして私の手首を握る力が強まる。

「ほ、本当に大丈夫だから…。痩せたのは最近あまり食欲が無かったからだよ。寝不足なのは新しい部屋に移ってからちょっと落ち付かなくて眠れなかっただけだから」

「本当に…それだけの事なの?」

「う、うん。そうだってば。あ…ほ、ほら。もうそろそろお店出ないと昼休み終わっちゃうよ?」

慌てたように言うと、ようやく井上君は手首を離してくれた。

「あ、ああ。そうだったね。それかじゃ行こうか?」

井上君に促されて、私は席を立った。その時…。

クラッ

一瞬、目の前が真っ暗になって慌てて私はテーブルに手をついた。

ガシャッ!

たまたまお皿の上に手を置いてしまい、派手な音がテーブルで鳴る。いけない、転んでしまう―!

そう思った矢先…。

「だ、大丈夫っ?!加藤さんっ!」

井上君がとっさに背後から私の両肩を支えてくれて、何とか倒れるのだけは免れた。

「あ、ありがとう…。アハハ…ちょっと足元がよろけちゃったみたい」

後ろを向いて笑ってごまかす。

「…」

しかし、井上君は何故か神妙な顔をしている。そして肩に置いていた手を外した。

「熱い…」

「え?」

驚いて見上げると井上君が尋ねてきた。

「加藤さん…熱があるんじゃないの?」

「え…?熱…大丈夫だよ。さ、早く代理店に戻ろう?」

「う、うん…」

井上君は腑に落ちない様子だったけど、私たちは一緒に店を出て代理店へと戻った。

けれど…結局私の体調は職場に戻ってから急激に具合が悪化し、この日は会社を早退することになってしまった――