翌朝―

私はデスクワークでPCに向かい、春のバスツアーの企画書を考えていた。
何度目かのあくびをかみ殺してた時の事。

コトン

背後から突然手が伸びてきて私の机の上に缶コーヒーが置かれた。

「え?」

慌てて振り向くとそこには右手に缶コーヒーを持った井上君が立っていた。

「ほら、飲みなよ。さっきから何度もあくびしそうになってるんだもんな。しかも目も何だか充血してるし…」

「え?本当?」

慌ててデスクの引き出しをあげて手鏡を取り出す私。

「…」

ほんとだ、少しだけど赤くなっている。でも気になるほどじゃないかな。

「ありがとう井上君。でもよく気づいたね。私でも朝気づかなかったのに」

「え~と、その事なんだけど…加藤さん。お昼後で一緒に行かないか?」

突然話が変わった井上君。でも…ま、いいか。

「うん、いいよ。一緒に行こう」

ニコリと笑って言うと、井上君はそれじゃまた後でと言って去って行った。

「…」

モニター画面を見ながらカチンとプルタブを開けた私は缶コーヒーを口に入れた。ほろ苦い甘さが口の中に広がる。目を覚ます為に一気に飲む。

「さて、やるか」

私は再び、キーボードをたたき始めた――




「加藤さん。お昼何が食べたい?」

コートを着て井上君と駅前の繁華街を歩いていると声を掛けてきた。

「う~ん…。今日は給料日だし…いつも単品のハンバーガーをセットで食べてみるのももいいかなぁ…」

繁華街ののぼりを見ていると、井上君が何故か落胆した様子で私を見ていた。

「な、何?どうしたの?」

慌てて井上君に声をかける。

「あ…だって、いつもと変わり映えしないハンバーガー屋の事を口にするから…今日は折角のクリスマスだし、しかも給料日だからもう少しいつもとは違った店でもいいんじゃないかな…って思っただけさ」

「あはは…実は昨日私、引っ越したばかりでしょう?お金ちょっと使い過ぎちゃったから、少しは節約しなくちゃなって思って…」

「何言ってるんだよ、今日は俺が加藤さんを誘ったから、ご馳走しようと思ったんだよ。よし、ちょうどいい。この店に入ろう」

井上君が足を止めたのはイタリアン料理の店だった。入り口の前に置かれたブラックボードには本日のおすすめメニューが可愛らしいイラスト付きで描かれている。店内はガラス張りになっていて、チラリと見ると若いOLさんやサラリーマンでにぎわっている。

「ほら、この店人気あるみたいじゃないか。入ろうよ。お金の事なら気にするなって」

そして私の背中をグイグイ押して無理やり店内へいれてしまう。

「ちょ、ちょっと井上君…待って…!」

値段も良く確認していないのに、入れっこ無いよ!そう言おうと思っていたのに…。

「いらっしゃいませー」

お店の制服を着た女性に声を掛けられてしまった。

「はぁ~…」

私は溜息をついて恨めしそうに井上君を見たけども、何故楽し気に笑っていた。



 真ん中の一番奥のテーブル席に案内されると、早速井上君がメニューをパラリとめくって凝視し始めた。

「う~ん…何がいいかなぁ…」

私もメニューを開いてみたけれども‥。う…どれも1000円以上するものばかりだ。どうしよう、少し高いな…。困っているとメニュー越しから井上君がヒョイと顔をのぞかせた。

「加藤さん。お金の事は気にするなよ、何でも好きなもの頼んでいいからね?」

「そんな、無茶苦茶な…大体奢ってもらうわけには…」

「いいや、これは…その、引っ越し祝いだからっ!加藤さん昨日無事に引っ越しできたんだろ?そのお祝いだから遠慮しないで好きなもの頼んでくれよな?」

「井上君…」

そこまで言われると流石に断りにくい。だったら一番安いメニューを選んだ方がいいかな?そこで私は別メニューがあることに気が付いた。そこには本日のおすすめメニューが書かれていた。値段も780円とお手頃だった。よし、これにしよう。

「井上君。私決めたよ。本日のおすすめメニューにする」

「よし、2人でそれにしよう」

そして井上君はすぐに手をあげて大きな声で店員さんを呼んだ――