「お疲れさまでしたー」

今日は早番。だから18時に退社した。代理店を出て駅に向かって歩きながら、私は映画館のポスターが貼られている掲示板の前を通り過ぎ…足を止めた。

「映画かあ…」

私は溜息をついた。昨夜亮平はお姉ちゃんを映画に誘っていた。一体亮平はどんな映画に姉を誘おうとしていたのだろう…。その時、背後から声を掛けられた。

「あれ、加藤さんじゃない」

振り向くとそこには井上君が立っていた。

「あれ?そっか、井上君も早番だったんだね。気付かなかったよ」

「ああ。俺はビラ配り後、直帰していいって言われてたからね。それより、何?加藤さん。映画観るの?」

井上君は映画のポスターが貼られている掲示板を見ながら言った。

「う、ううん。ただ、どんな映画をやってるのかなーって思って」

すると井上君が1枚の映画のポスターに釘付けになった。

「あっ!これ!この映画…俺が観たいと思っていた映画だっ!え…と上映時間は…」

井上君は自分の腕時計を見ながら言った。

「よしっ!今から行けば間に合うっ!行こう、加藤さんっ!」

そして何を思ったか井上君は私の左手を繋ぐと走り出した。

「え?!ちょ、ちょっと待ってよっ!私、映画観るなんて一言も…!」

なのに井上君は走りながら私の方を振り向くと言った。

「いいから観に行こうぜっ!俺さあ…誰かと映画観に行って、その後お互いに感想を語り合うのが好きなんだっ!」

その顔はすごく笑顔だった。まあいいか…どうせ暇だったしね…。

「うん、いいよ。そういう事なら付き合ってあげる」

そして私たちは映画館に向かって駆けて行った―。




 それから約3時間後―

「うう…な、なんであんな怖い映画を…」

私はガタガタ震えながら恨めしそうに井上君を見た。

「ごめんごめん。ちゃんと説明して無かったよな…。俺、和製ホラー大好きなんだよ」

井上君は頭をポリポリ掻きながら照れくさそうに言う。ここはファストフード店で私と井上君はハンバーガーセットを口にしながら先ほど観た映画の感想について語り合っていたのだけど…。今日2人で観に行ったのは私が最も苦手とする和製ホラー映画だったのだ。もう画面の半分は怖くて観ていられず、目だけしっかり閉じていたのだが、かえってそれがより一層恐怖を倍増させていた。

「だけどさ…んなに怖かったなら途中退席すればよかったのに」

セットメニューのフライドポテトを口にしながら井上君は言った。

「だ、だってせっかく一緒に観に行ったのに、そんな失礼な真似出来るはずないでしょう」

アイスコーヒーを飲みながら私が言うと、井上君はへえ‥と言って、何処か嬉しそうに私を見た。

「うう…だけど、帰りが怖い…。ただでさえ、昨夜帰り道に痴漢にあったって言うのに…」

するとそれを聞いた井上君の顔色が変わった。

「え?何だって?加藤さん…痴漢にあったの?!」

「う、うん。家の近くで以前女子高生が空き家に引きずり込まれそうになった事件があって…そ、それで私も昨夜被害に遭いかけて…」

「えええっ?!誰も迎えに来てくれる人はいなかったのか?!」

「えっと…最初は隣に住む幼馴染に頼んだけど断られちゃって…それで帰り道に私も同様の被害に遭って…。引きずり込まれて押し倒されはしたけど、棒で撃退したんだよ?その後、結局幼馴染が助けに来てくれたんだけどね…」

井上君は顔を青ざめさせて話を聞いていた。

「それで‥大丈夫…だったの…?」

「え?」

「つまり…犯人に…」

「あ…ああっ!大丈夫っ!それは大丈夫だったから!井上君が考えているような目には合わなかったから安心して?」

井上君は俯いて肩を震わせていたが、やがて顔を上げた。


「加藤さん…!」



 昨夜と同じ夜の道を私と井上君は歩いていた。

「本当にありがとう、家までついて来てくれるなんて…」

結局井上君は私の家まで送ってくれることになったのだ。

「何言ってるんだよ?こんな真っ暗な道…見送るのは当然だろう?それにしても酷い幼馴染だな~迎えを断るなんて…」

井上君はブツブツ言いながら私の前を歩いている。

「アハハ…」

私は笑いながらごまかすと、やがて家が見えてきた。家は真っ暗だった。恐らくお姉ちゃんはデートなのかもしれない。

「ここが加藤さんの家なのかい?」

井上君が門の前で尋ねた。

「うん、そうだよ」

その時、隣の家のドアが開いて亮平が飛び出して来たが、お姉ちゃんだと思ったのだろう。私を見ると残念そうに言った。

「何だ…忍さんじゃなかったのか…」

すると突然、井上君が亮平の前に進み出ると言った。

「あんたか?加藤さんの幼馴染って男は?」

それはいつもの井上君とは思えない、冷たい声だった――