町の中はクリスマスの曲が流れ、辺りは美しいイルミネーションで彩られていた。仲良さげに腕を組んで歩くカップルで通りはあふれ、私の気持ちとは裏腹に誰もが幸せそうに見えてしまう。歩いているときに、ふとショーウィンドウに自分の姿が映りこんでいるのが目に止まった。

「何て辛気臭い顔しているんだろう…」

私はショーウィンドウに映りこんだ自分の姿を見てポツリと呟いた。

「駄目だな。こんな顔して歩いていたら幸せが逃げてしまうかもしれない。もっと笑顔にならなくちゃね」

私は無理に笑ってみる。だけど、少しも楽しい気持ちにならなかった。なれるはずが無かった。だってひょっとすると私はこれからお姉ちゃんと再び同居しなければならなくなるかもしれないから。それどころか亮平まで一緒に…。 一体、どちらの方が私にとっては地獄なのだろう?頭のおかしくなってしまったお姉ちゃんに蔑まされながら口もきいてくれないような状況で暮らすのと、亮平とお姉ちゃんの甘い恋人同士の姿をすぐそばで見ていなければならない生活…。
駄目だ、両方とも…私にとっては耐えられない。

「やっぱり無理してでも一人暮らしをしていく方向で考えた方がいいかも。隆司さんがマンションに居候させてくれたおかげで少しはお金も貯められたし。そうだ、会社から家賃補助の制度があった気がするから、調べてみてもいいかもしれない」

いつの間にか私は口に出していた。
でも、どっちみち今はその事は後回しにして、とりあえず亮平に先に電話を掛けなくちゃ。するとちょうど都合よく3軒先にカフェのチェーン店ののぼりが目に止まった。

「あそこのお店に入って電話しようかな」

ポツリと呟くと、私は店へ向かった。

カランカラン

店のドアを開けて店内へと入ると茶色の可愛らしい制服に白いエプロンドレスを着た若い女の子の店員さんが出迎えてくれた。

「いらっしゃいませー」

「アメリカンコーヒーをホットで下さい」

「はい、280円になります」

スマホ決済をすると、すぐに熱々のコーヒーをカップに入れて出してくれた。

「ごっゆっくりどうぞー」

コーヒーの入った紙コップを片手に、私は一番壁際の奥の2人掛けのテーブル席に着席すると、ボディバックからスマホを取り出した。

「・・・」

少しの間、無言でスマホを握り締めていたけど…。

「ううん、駄目駄目。亮平に電話するって約束しちゃったんだから電話かけなくちゃね」

そして亮平のスマホに電話を掛けた。

プルルルル…。

亮平のスマホに電話をかけてみたものの、一向に電話に出る気配がない。10コール目でも出ないので、いったん電話を切る事にした。

「どうしちゃったんだろう…?」

コーヒーを一口飲んで、もう一度電話をかけると今度は亮平が電話に出た。

『もしもし…』

「あ、あのね、亮平。私…」

だけど、次の瞬間私は凍り付いてしまった。

『電話…後にしてよ…』

妙に艶っぽい女性の声が受話器越しから聞こえてきた。それは…お姉ちゃんの声だった。

『忍…だけど、この電話…んっ』

亮平の言葉が途中で途切れる。そしてその後に聞こえてきた衣擦れの音。

「!」

私は慌てて電話を切った。心臓はドキドキと早鐘を打っている。私だって、何も知らないはずがない。大の大人がいつまでも清い関係でいる方がかえって変なんだ。
だけど―。

「酷いよ…亮平。私、電話するって言ったよね…?なのに…こんな時なのにお姉ちゃんと…?」

もう、何も考えたくない。恐らく今夜はもう亮平に電話を入れても無理だろう。

「帰ろう…あまり遅くなると隆司さんに心配かけちゃう…」

力なく立ち上がり、私はカフェを出た。嫌だ、あんな事…何も知りたくなかった。
ふらふらと隆司さんの待つタワマンに向かって歩いていると、空からポツリポツリと冷たい雨が降ってきた。

「雨…とうとう降ってきちゃったんだ…」

何だか今の自分の気持ちを表しているみたいだった。走って帰る気力もなく、トボトボ歩き続けていると、やがてタワマンが見えてきた。

「結局…ここに帰ってきちゃった…」

私は雨に濡れるのも構わずにタワマンを見上げていると…。

「鈴音っ!」

不意に名前を呼ばれた。
視線をずらした先には予備の傘を持った隆司さんが息を切らせながら傘をさして立っている。

「隆司さん…」

すると、隆司さんの目が一瞬悲し気に歪み…次の瞬間、私は隆司さんに強く抱きしめられていた――