私はもう1缶、グレープフルーツチューハイに手を伸ばすとプルタブを開けて、口に入れると井上君にこれまでの経緯をポツリポツリと語り始めた。
お姉ちゃんの婚約者がお姉ちゃんを庇って、交通事故で死んでしまった事。お通夜で婚約者だったお母さんに冷たい言葉を投げかけられて、帰らされた挙句、お葬式も参加できず、お墓の場所も教えてもらえなかった事。そして精神を病んでしまった事…。そこで私が亮平にお姉ちゃんの恋人になって貰うように頼み、2人は恋人同士になったけど亮平が私の事を気に掛ける発言をしたせいで、お姉ちゃんに疎まれて、家を追い出された事…それら全てをポツリポツリと語った。
井上君は最後まで黙って話をきいてくれていたけど、徐々に顔からは色を無くしていくのが目に見えて分かった。そして全て話し終えたころにはすでに1時間近く経過していた。

「以上、これで終わり。ごめんね。長々と私の話に付き合ってもらって…」

私は笑いながら、缶チューハイに手を伸ばし、グイッと飲んだ。

「あ、あのさ…」

井上君が言いにくそうに声を掛けてきた。

「何?」

「亮平って男が言ってた…加藤さんが…そ、そのキスしていた相手って…?」

「あ、ああ、彼は2年前に少しだけお付き合いしていた男性。偶然ビラ配りをしていた時に再会してその日のうちにお酒飲むの付き合う事になってね。本当ならお姉ちゃんと一緒にご飯食べる約束していたんだけど、断りの連絡を入れて、お姉ちゃんには亮平を誘ってみればって伝えたんだけど亮平、早く帰れなかったの。それですぐに元カレにタクシーで家まで送ってもらった時に…突然、キ、キスされて…」

「それを…あいつが見ていたんだな?」

井上君もチューハイに手を伸ばした。

「うん。そうだよ。今はその男性とは電話やメールで連絡するぐらいで会ってはいないんだけどね。だから私が家を出た事を知ってるのは亮平と井上君だけだよ」

笑いながら言うと、井上君が思いつめたように口を開いた。

「…やめろよ…」

「え?」

「そんな泣きそうな顔で…笑うなよ」

「私が泣きそうな顔で笑ってる?あはは…まさか…」

私は缶チューハイをトンとテーブルの上に置いた。

「そうだよ…そんな顔されると心配でたまらなくなる。大体何なんだよ…!あの亮平って奴も、加藤さんのお姉さんだって…幾ら婚約者が死んでしまったからだとしても…!」

「やめて」


「え…?加藤さん…?」

「お姉ちゃんと亮平の事…悪く言わないで。私は2人の気持ち良く分かってるから。お姉ちゃんは婚約者の突然の死で心が壊れちゃったの。それに気づかなかったのは一緒に暮らしていた私のせい。そして亮平がお姉ちゃんの事をずうっと好きだったのを知っていたから。亮平ならきっとお姉ちゃんを幸せにしてくれると信じたから私が亮平に頼んだんだもの。お姉ちゃんの恋人になってって。亮平は私との約束を守ってくれただけだよ。恋人の事を大事に思うのは当然の事でしょう?」

言いながら、私は頭がぼんやりしてきた。アルコールが今頃回って来たのかな…?頭がクラクラしてきたみたいだ。

私の言葉に井上君が反論した。

「だけど!だけど…あの2人は加藤さんの事、何一つ考えてくれていないじゃないかっ!一方的に家を追い出したくせに勝手に出て行った?そしてその言葉を信じようともせず、加藤さんばかり責めるあの男…!いくら深い事情があっても許せないっ!」

井上君もアルコールのせいで熱くなってるのかな…?ぼんやりする頭で井上君を見ていると……。

「加藤さんっ!」

いきなり井上君が抱きしめてきた。その勢いで私達は床に倒れてしまった。井上君は私を強く抱きしめてくる。

「加藤さん…俺は…俺は加藤さんが好きだ!だからこれ以上加藤さんが傷つく姿を…見たくないっ!」

「んっ!」

そしていきなり井上君はキスしてきた。

「や、やめ……」

抵抗しようとしても身体に力が入らず、頭がぼんやりしてきた。

ああ…アルコールで頭が回らない…。
もう何も考えたくない。いっそこのまま身を任せても…。

だけど、次の瞬間私の脳裏に亮平の顔が浮かんだ。

「りょ…亮平…」

すると、ハッと弾かれたように井上君が私から離れた。そして床に倒れたままの私を酷く悲し気に見つめている。

「井上君…?」

「ご、ごめん…加藤さん…俺、こんな事するつもりじゃ…」

そして井上君はカバンを掴むと、倒れている私の傍をすり抜けて、マンションを出て行ってしまった。


どうしよう…私ひょっとして井上君を傷つけちゃった…?
でも眠くてもう起きていることもできない。

そして、そのまま私は眠ってしまった――