どんなにつらい日でも朝は必ずやって来る―。

ピピピピ…。

「あ…」

スマホにセットしたアラームで目が覚めた。

「頭痛い…」

朝、起きてすぐに頭が痛いなんて最悪だ。今日もビラ配りをしなくちゃいけないのに…こんな暗い気持ちで笑顔になんかなれないよ…。

溜息をついて起き上がると、バスルームへ行き、鏡を覗きこんでみた。

「いやだ…酷い顔…」

目はウサギの様に真っ赤に充血しているし、瞼も何だか腫れぼったい。

「シャワー浴びて顔を洗えば少しはましになるかな…」

ポツリと独り言をつぶやいた私はバスタオルと着替えを取りに部屋へと戻った。昨日クローゼットの中にしまい込んだ着替えとバスタオルを持って、再び私はバスルームへ戻ると服を脱いで熱いシャワーを頭からかぶった。頭の中では昨日の事が思い出される。お姉ちゃんに無視され、逃げるように飛び出た家…そして亮平の耳を疑うような言葉…。そのどれもが私の心を深く深く抉っていく。

「く…」

駄目だ、また涙が出てきそうになる。私は必死で頭の中で数字を数え…昨日の事を頭から追い払った。



 シャワーを浴びて、すっきりしたので朝食でも食べよう。
と言ってもやっぱりまだ何もする気力が出ないからは今日はシリアルでいいや。
冷蔵庫から昨日買った牛乳を出し、レジ袋から未開封のシリアルを取り出す。
器とスプーンを備え付けの食器棚からとりだし、器にシリアルを開けて牛乳を掛ける。

「うん、朝は…これだけで充分かな?」

そして牛乳を冷蔵庫にしまうと、スプーンでシャクシャクと食べる。

「…味がよく分からない…」

ひょっとして精神的ショックが強すぎて味覚がおかしくなっちゃったのかな…?

「ううん!そんなことないっ!きっと一過性のものよ!元気出さなくちゃ。せっかくの新生活なんだから!」

うん、昨日の私はよく頑張ったと思う。だからきっと大丈夫。乗り切れる。

「よし、今朝も頑張らなくちゃ」

そして私は残りのシリアルを食べ終え、手早く後片付けをすると職場へ向かった―。


 
****

 今日は早番。

シャッターを開けて、店舗の前に旅行案内のビラがいれられたパンフレットスタンドを並べていると、お客様がやってきた。

「いらっしゃいませ」

うん。大丈夫、ちゃんと笑顔で挨拶出来た。私は…大丈夫…。


朝10時―

「係長、それではビラ配りに行ってきますね」

いつものようにパンフレットがたくさん入った紙袋を持って駅前に行こうとした時、係長に引きとめられた。

「あー、加藤さん。今日はビラ配りに行かなくてもいいよ」

「え…?でも…」

「今日は店舗で電話応対と事務作業やって」

「は、はい…分かりました」

持っていた紙袋を自分のデスクに引き下げて、椅子に座ると隣の席に座っている3つ年上の女の先輩が声を掛けてきた。

「はい、加藤さん。コレどうぞ」

そっと手に握らせてくれたのは飴だった。

「甘くておいしい飴だから…食べて?」

軽くウィンクしてくる。

「は、はい…ありがとうございます…」

他にも今日は社内の人に色々気遣ってもらった。一体何だろう…?



午後6時―

「お疲れさまでした」

店舗の人達に挨拶をして、店を出た直後―。

「加藤さんっ!」

見ると井上君が店の外まで追いかけてきていた。

「びっくりした…。どうしたの?」

「あ、あのさ…」

「?」

「俺…夕べ、仕事帰りに錦糸町の駅の近くで加藤さんを見かけたんだ。加藤さん…泣きながら繁華街を歩いていた…」

「!」

嘘…私、泣いて歩いていたの…?自分では全く意識していなかったのに…?

「いつも明るくて笑顔の絶えない加藤さんが泣いてる姿を見て…俺、ショックで何も声を掛けることが出来なくて…」

「井上君…」

「ごめんっ!」

突然井上君は頭を下げてきた。

「え?ちょ、ちょっと待って。どうして井上君が謝るの?!」

私はあたふたと声を掛けた。

「だって…」だって、俺はあんなに辛そうに泣いている加藤さんを見て…何も声を掛けられなくて…」

「井上君、もしかして…職場の人達に私の事…話した?」

コクリ

無言でうなずく井上君。そうか…だから、今日はビラ配りもやらなくてよかったし、先輩は飴をくれて…皆親切だったんだ…。

「ありがとう、井上君」

私は笑顔絵で言った。

「え…?」

「井上君は優しくて、いい人だね。本当にありがとう。それじゃ、また明日ね。お疲れ様」

「あ、ああ…。お疲様」

顔を赤らめて手を振る井上君は…いつもよりも少し頼りがいを感じた―。