「お姉ちゃん…で、でも私がこの家から出て行きたくないって言ったら…?」

声を震わせながらお姉ちゃんを見た。

「そうね。鈴音ちゃんの事、嫌いになるかな?」

「!」

「どうしても出て行かないって言うなら、もう鈴音ちゃんの事嫌いになるから。口も聞かないし、姉妹の縁も切らせてもらうね?」

そんな恐ろしい事をニコニコしながら話すお姉ちゃんはもう完全に狂気に囚われている。どうしよう…誰に相談したらいいの?亮平とはもう口を聞く事は出来ないし…。思わず目頭に熱いものがこみあげてくるのを私は必死に耐えた。


「それで、いつ出て行ってくれるかしら?」

お姉ちゃんは迫って来る。

「…」

「ねえ~鈴音ちゃん。お姉ちゃんを困らせないで」

頬杖をついてむくれるお姉ちゃんの姿は…まるで子供の用にも見える。私はこんなになってしまったお姉ちゃんを置いて家を出るなんて…。

「だ、だけど…お姉ちゃんを1人ここに残すのは心配なんだ…けど…」

俯いて言うとお姉ちゃんは溜息をついた。

「全く…いつから鈴音ちゃんは聞き分けの無い子に育っちゃったの?はっきり言わなくちゃ分からないのかしら?それじゃあ言わせてもらうわね。鈴音ちゃん。貴女の存在自体が邪魔なの。だからどうか早く私と亮平君の前から消えてください。お願いします」

そして頭を下げてきた。

「!お、お姉ちゃん…」

あ、駄目だ…。お姉ちゃんが今普通じゃないのは分かっているけど、今にも涙が出てきそうだ。大好きなお姉ちゃんに存在自体が邪魔だとか、消えてくださいって言われると心が折れそうになってくる。でも、このまま私がこの家に住み続けてもきっとお姉ちゃんの精神状態は悪化していくだろうし、私だって心が傷ついてどうにかなってしまうかもしれない。だったら、やっぱり私はこの家を出ていくべきなんだろうな…。

「わ、分かったよ…。お姉ちゃん…」

必死で声を振り絞る。

「え?本当に?」

お姉ちゃんは嬉しそうにぴょこんと頭を上げた。

「うん…私この家出て行くよ…。でも、いきなり今夜は無理だから出て行くのは…明日でもいい…?」

私は期待していた。一瞬でもお姉ちゃんが正気を取り戻して、引っ越さないでっ!て縋りついてきてくれるのを…。だけど―。

「ええ、いいわよ。でも鈴音ちゃん。明日出て行ってくれるのね?ありがとう。とっても嬉しいわ。それでお部屋の荷物はどうするのかしら?当然全部運んで行ってくれるのよね?鈴音ちゃんがこの家にいた痕跡は全て消したいのよ」

お姉ちゃんは満面の笑みを浮かべると言った。

「う、うん。そうだよね…。だ、大丈夫だよ。ちょうど明日は仕事がお休みの日だから、まずは大きい荷物は全てトランクルームをレンタルして、そこに運んで…そして私は住む場所が決まるまではウィークリーマンションに…」

あ…もう駄目だ。これ以上涙を我慢するのは無理。だって今にも涙腺が崩壊しそうなんだもの。だからガバッと私は立ち上がると、お姉ちゃんから顔を反らして言った。

「わ、私、今から自分の部屋のパソコンで…引っ越しに向けて…い、色々調べてくるね…」

そしてそのまま背を向けると階段を駆け上がって自分の部屋へ行き、枕に顔を押し付け、鳴き声が漏れないように泣き続けた。私の涙は後から後からあふれ出てきて止まらない。

い、いやだ…!お姉ちゃん…。私を嫌わないで…。亮平にはもう近づかないから…だからどうか側にいさせてよ…。

その日、涙が枯れるまで私は2時間泣き続けた――