あの日以来、定期的に隆司さんから誘いの連絡が入ってきた。けれでも私はお姉ちゃんの事を理由にあげて隆司さんとは会うのを避けていた。だって私の事を好きと言ってくれている人に曖昧な気持ちで会うのはあまりにも不誠実だと思ったから。それにあんな事されたらどんな顔して合えばいいか分からないし。すると隆司さんは残念そうにしていたけれども、せめて電話やメールくらいは連絡を取らせて欲しいと懇願され、どうしても断り切れず、今私と隆司さんはオンラインでつながる友達のような関係になっていた。



「せめて告白なんかしてくれなければ良かったのに…」

思わずポツリと言い、それを隣で旅行ガイドツアーのチラシを入れ替えている井上君に聞かれてしまった。

「え?何?加藤さん…ひょっとして告白されたの?!」

思わず大声になる井上君に大慌てで私は人差し指を立てて言った。

「ちょ、ちょっと!しーっ!お願いだから、そんなに大声出さないで!いくらお店の外だからと言って聞かれちゃうでしょう?!」

「ああ…分かったよ、それで告白されたって言うのは?」

2人でチラシを入れ替えながら、井上君が突っ込んでくる。

「ええ~何でそれを井上君に言わなくちゃならないかなあ?」

口をとんがらせて言う。

「うっ!た、確かに言われてみれば…。ごめん。俺、全く関係なかったのに」

何故か激しく項垂れながらチラシの入れ替え作業を行う井上君を見て、私は少しだけ罪悪感を感じてしまった―。




午後6時―

「お疲れさまでした」

今日は私は早番なので、この時間に退社できる。職場の皆さんに挨拶をして、代理店を出て、50m程歩いた所で背後から声を掛けられた。

「加藤さん、今日はごめん。あの…さ、お詫びと言ってはなんだけど…ほら、今日は久々に俺と加藤さん早番だろう?時間もある事だし一緒に居酒屋に行かないか?実はさ、最近近くに酎ハイとつまみが300円から楽しめる店が出来たんだよ」

「井上君。別に気にしてないからいいよ。大体私達給料日前でお金無いでしょう?それに駄目なんだ。どっちみち今夜は」

今夜の事を考えると気が重くなり、つい顔が暗くなってしまう。

「どうしたんだよ?加藤さん。何か元気ないみたいだけど?今夜何かあるのか?」

「そんなことないよ。ただ今夜は家で食事会なんだ。それが…」

「食事会?それがどうかしたのか?」

「うん。ちょっと気が重いと言うか…。ううんっ!何でもない。あ、駅の改札が見えてきた。それじゃあね!」

私は誤魔化す為に、井上君に手を振って素早く改札を潜り抜けた。ごめんね。井上君。だって…今夜はお姉ちゃんが企画した食事会で亮平が家に来る日なんだもの。隆司さんに家まで送ってもらったあの日以来、私と亮平の仲はあまりうまくいかなくなってしまった。会っても、挨拶を交わす程度で何だか亮平に避けられている気がする。きっと亮平はお姉ちゃんを1人家に残して私が男の人とお酒を飲んでいたことや、家の前に着いたのに、すぐに中へ入らずに隆司さんにキスされていたのが気に入らなかったのかもしれない。

「こんな状況で食事会なんて…」

電車の中で私は溜息をついた―。



「ただいま~」

「お帰りなさい、鈴音ちゃん」

玄関を開けるとお姉ちゃんが迎えに出てきてくれた。お姉ちゃんは今夜はいつもよりニコニコしている。

「お姉ちゃん、今日はいつも以上に笑顔だね?」

「それはそうよ。だって亮平君が今夜は来てくれるんだもの。だから今夜はハンバーグステーキにしたわ」

「へえ~それはご馳走だね。それじゃ私、着替えてくるね」

私は二階へ上がると着替えを始めた。すると下でインターホンが鳴る音が聞こえ、玄関を開ける音が聞こえてきた。

「亮平…来たのか。はあ~気が重い…。だって外で会うと無言の圧でこっちを睨みつけてくるんだから…」

溜息をついて、部屋着のジーンズとニットのシャツに着替えた私は階段を下りかけ…足を止めた。

「!」

そこには抱き合ってキスをするお姉ちゃんと亮平の姿があった――