夜明け―

私は全く寝た気がしなかった。お姉ちゃんのことが心配で、目が覚めた時に思い余って自殺でもしてしまうのではないかと思うと不安でたまらず一睡もする事が出来なかった。ソファの上でウトウト微睡んでいると、突然玄関のチャイムが激しく何度も鳴らされた。

「何?何?」

半分寝ぼけ眼で玄関のドアを開けると、そこには亮平が立っていた。

「…おはよう、鈴音」

「うん‥おはよう‥。どうしたの?こんな朝早くから…まだ6時前だよ?」

私は玄関に置いてある置時計を見ながら言った。

「いや…あんなことがあったから‥朝ご飯の用意どころじゃないと思って‥。」

見ると亮平の右手にはコンビニの袋がぶら下がっている。

「まさか‥朝ご飯買ってきてくれたの?」

「ああ‥。上がるぞ」

亮平は短く言うと、靴を脱いで上がり込んできた。ダイニングテーブルにコンビニの袋を置くと天井を見上げた。

「忍さんは…?どうしてる?」

「寝てる…。何回か部屋に様子を見に行ったけど…泣きながら眠っていたよ。でも睡眠薬が効いてるのかな?起きた気配は無いよ」

「そうか‥。それでどれ食べる?」

亮平は言いながらレジ袋から次から次へと食べ物を取り出した。おにぎりやお弁当、カップ麺にサンドイッチ、総菜パンや菓子パン…挙句に冷凍食品まで出してきた。

「ちょ、ちょっと亮平…これは幾ら何でも買い過ぎじゃない?こんなに食べきれないよ」

苦笑しながら言うと、亮平はポツリと言った。

「だよな…。でも…どれなら忍さんが食事してくれるか分からなかったから‥」

「そっか…」

またしてもしんみりとした雰囲気になってしまった。だけど…こんな事していていいのだろうか?お姉ちゃんは睡眠薬のせいで眠りっぱなしだし、かといって私は進さんの連絡先しか知らない。お葬式の話だってあるだろうけど、私にはそれを確認する手段が無かった。かといってお姉ちゃんを起こすのもしのびない。

「これからどうしよう…」

考えなくちゃいけない事は沢山あるのに、夜が明けたせいなのか、それとも亮平が来てくれた安心からなのか…急激に眠気が襲ってきた。それでも必死で欠伸を噛み殺していると亮平が言った。

「鈴音…もしかして眠いのか?寝て無いのか?」

「うん…お姉ちゃんが心配で…眠れなかった」

すると亮平が言った。

「鈴音。お前…今日仕事は?」

「うん。本当はあるんだけど…昨夜のうちに上司に電話を入れたの。姉の婚約者が車にひき逃げされて亡くなって・・姉が心配だから本日お休みさせて下さいってお願いした。それにたまたま明日は仕事も休みだったし…」

「そうか…なら少し寝ろよ」

「え…?でも…」

私が言い淀むと亮平は言った。

「大丈夫だ、忍さんの事なら俺が見ておくから…とにかくお前は仮眠を取れ。どうせ近いうちにお葬式が行われるんだろう?そうなると身体を休めなくなるんじゃないのか?」

確かに亮平の言う事も一理あるかも…。

「うん、それじゃお言葉に甘えて寝かせて貰うね」


 二階に上がろうとした所で亮平に引き留められた。

「鈴音」

「何?」

「ほら、何か食ってから寝ろよ」

コンビで買って来た食べ物を前に亮平は言った。

「うん…分かったよ」

本当は食欲なんか無かったけれども、折角亮平が買ってきてくれたんだから…。取りあえず私は焼きたらこおにぎりを1個だけ食べると。仮眠を取る為に二階へ上がって行った。


 お姉ちゃんの隣の部屋が私の部屋だ。

「…」

私はそっとお姉ちゃんの部屋を開けると、そこには寝息を立てて眠っている姉の姿がある。

「お姉ちゃん…」

私はそっと扉を閉めると自室へ向かった――