バスの窓からすっかり暗くなった外の景色を見ると、疲れ切った私の顔がガラス窓にくっきりと映し出されていた。何て酷い顔をしてるんだろう…。

あの後、私は笠井先生の前だと言うのに情けないくらいボロボロ泣いてしまった。
何て恥ずかしい…。大の大人が子供の様に泣き続けてしまうなんて…。
でも笠井先生は私が無きやむまでずっと付き添っていてくれた。きっとあの先生ならお姉ちゃんを直してくれるはずだ。

私はそっと目を閉じた――


18時半―

新小岩のマンションへ帰って来た私は当面実家で暮らす為の荷物をボストンバックに詰めていた。

「え…と通勤着に、私服…下着の替えに…化粧品は新しく買えばいいかな?歯ブラシセットも買えばいいし…」

色々必要な物を思い浮かべ、全ての荷物を詰め込んだ頃…。

トゥルルルル…
トゥルルルル…

スマホの着信音が部屋に鳴り響いた。

「誰かな?」

すると電話は亮平の家からだった。

「え?まさかおばさんかな…?」

私は受話器をタップして応対した。

「はい、もしもし…」

『あ、鈴音ちゃん?私よ』

電話超しから聞こえてきたのはやはりおばさんからだった。

「こんばんは、おばさん」

『鈴音ちゃん。もう実家に戻って来る準備は終わったのかしら?』

「はい、今終わったところです」

『あら、そうなのね?良かったわ。ねぇ、鈴音ちゃん。もう今夜から実家に帰ってらっしゃいよ』

「え?で、でもお布団が…」

『そんなの平気よ。今夜は泊まりなさいよ。夜御飯だってどうせまだ何も食べていないんでしょう?』

「はい。実はまだです」

『なら是非、いらっしゃい。実はね何と、今夜はすき焼きなの。フフ…松坂牛を買ったのよ!食べにいらっしゃいよ』

「え?で、でもいいんですか?ご迷惑では…」

するとおばさんのため息が聞こえてきた。

『はぁ~鈴音ちゃん。そうやって痩せこけてしまった鈴音ちゃんの方が余程心配なのよ?暫くは私が鈴音ちゃんの食事の管理をしようって決めたからいいわね?それじゃすぐにこっちへ来てね?駅に着いたら電話を入れて。亮平に迎えに行かせるから。それじゃ』

おばさんは私の返事を聞かないうちに電話を切ってしまった。

「あ、おばさん…!…切れちゃった」

ホウと天井を向いて私は溜息を一つつくと、立ち上がり、ガスの元栓を切ったり、戸締りの点検を済ませるとダウンコートを羽織って荷物を持つと立ち上がり、玄関へ向かった――



「え…?」

「あ…!」

マンションの外を出ると、運悪く隣のマンションに住む川口さんにばったり会ってしまった。

「こんばんは、加藤さん」

川口さんは何事も無かったかのように、私を見ると笑みを浮かべた。

「こ、こんばんは…」

そんなに普通の態度を取られると、かえって気まずく感じてしまう。

「加藤さん。何処かへ出掛けるの?」

川口さんは白い息を吐きながら私が手にしたボストンバックを見つめながら尋ねてきた。

「う、うん。ちょっとね…」

何と答えれば良いのか分からず、曖昧に返事をする。

「そう…」

「…」

少しの間、夜の住宅街に沈黙がおりる。

「ひょっとして…引っ越すの?」

「え?ま、まさかっ!」

驚いて思わず顔を上げた。

「た、ただ少しの間実家から職場に通おうかと思って…。あ、でも時々はマンションの様子を見に部屋に戻るつもりだし…」

聞かれていないのに、わたしは余計な事を口にしてしまった。

「そうなんだ?」

川口さんはニッコリとほほ笑んだ。気のせいか…私にはほっとし表情に見えてしまった。

「重そうだね。その荷物。駅まで持って行ってあげるよ。貸して?」

そして川口さんは私の返事も待たずにサッと荷物を取ってしまった。

「あ、あの…。荷物なら自分で持てるから‥」

「いいからいから、遠慮しないでよ」

そして私の荷物を持つと前を歩きだして行く。

「…」

そんな川口さんの後ろを私はなすすべも無くついて行くしか無かった――