「おはよう、加藤さん」

職場へ着くと、既に出社していた井上君が声をかけてきた。

「あ…おはよう、井上君」

すると井上君はばつが悪そうに言った。

「ごめん…加藤さん…。昨夜はあんな事を言って。彼…加藤さんの大事な人なんだろう?」

「え?!」

大事な人…思わず言い当てられて私は自分の顔が赤面するのが分かった。

「…」

すると、そんな私の顔を見て何故か少し悲し気に井上君が言った。

「はは、図星だ。よし、それじゃ今日もビラ配り頑張るかっ!」

それだけ言うと井上君は自分の席へと戻って行った。う~ん…今のは一体何だったのだろう…?

 代理店は朝9時半から開店する。そして私達社員は毎朝9時にミューティングを行い、ここで営業成績のトップの人の名前が発表されたり、本日の予定を報告しあうのだ。この代理店で働く新人は私と井上君の2人のみ。すると係長が声を掛けてきた。

「おい、井上君、加藤さん。突然の話なのだか、本日新入社員を一斉に本社に集めて研修をが行われる事になった。今からすぐに本社へ向かってくれ」

「え?そうなんですかっ?!」

何処か嬉しそうに井上君は言う。でもその気持ち、私も良く分かる。だって同期入社した皆はそれぞれ違う代理店に配属されてしまったし、私達のような旅行会社は普通の会社と違って休みが不定期だから、金曜日に皆で集まって飲み会のような真似が出来ないのだ。

やがてミューティングが終了し、私と井上君が本社に行く準備をしていると太田先輩がやって来て、井上君に声を掛けてきた。

「何だ、井上。随分と嬉しそうだな…?」

太田先輩は何故かニヤニヤしながら井上君を見ている。

「はい、それは嬉しいに決まってますよっ!だって、ただで美味い弁当が食べられるんですからっ!」

井上君の元気な声が店舗に響き渡る。

「な~んだ、てっきり俺は同期入社で惚れた女の子に会える喜びで嬉しそうにしているかと思ったよ」

太田先輩は小声で言っているのだろうけど、地声が大きいので井上君に囁いている声が私の席まで丸聞こえになっている。

え…?井上君好きな同期の女の子がいたんだ?ふ~ん…誰なんだろう?もしかして真理ちゃんかな?あの子美人だしね…。後で電車に乗ったら聞いて見ようかな?等と考えつつ、バックに社員証を入れたところで背後から井上君に声を掛けられた。

「加藤さん。準備は出来た?」

「うん。大丈夫。もう行けるよ」

振り向くとそこには井上君が立っていた。そして2人並んで係長に挨拶を済ませ、私と井上君は新宿本社に向った―。


****


 2人で電車の吊革につかまりながら私は言った。

「皆と会うの久しぶりだね~」

「久しぶりって言ってもまだ2ヵ月しか経っていないじゃないか」

井上君は笑顔で答える。

「う~ん…そうなんだけどね…。でもやっぱり嬉しいっ!なんだか同窓会みたいで」

「同窓会か…もしかして加藤さんは誰か会いたい人がいるのか?」

「うん、勿論いるよ」

「えええっ?!い、いるのかよっ?!」

何故か大袈裟に驚く井上君。

「え?井上君はいないの?ほら、佐々木君とは特に仲良かったじゃない」

私は目黒支店に配属された彼を思い出しながら言う。

「あ、ああ…佐々木ね。うん、あいつとは今も休みが合う日は会ってるからな」

その言葉に私は思わずギョッとなった。も、もしや2人はそういう関係に…?
すると私の意図を察したのか、井上君が空いてる手で私の頭をコツンと叩きながら言う。

「加藤さん…もしかして変な妄想してるんじゃないの…?言っておくけど俺はノーマルだからな?」

「あははは…もしかして私の考え…バレてた?」

「当然だろう?それに…俺には…好きな女の子だっているし…」

井上君は顔を真っ赤にしながら言う。

「あ、そう言えば。さっき太田先輩と何か話していたもんね。誰なの?井上君の好きな女性って…もしかして真理ちゃん?」

「ち、違うよっ!」

井上君は真っ赤になりながらも否定する。

「え~それじゃ誰なの?」

「そ、それは…」

その時、電車は新宿駅に到着した。

「あ、ほ、ほらっ!着いたっ!降りようっ!」

井上君はあたふたと電車を降りていく。う~ん…何やら胡麻化された気がしないでもないけど…。

私は慌てて井上君の後を追った――