「さっきの電話の相手だけどさ」

川口さんはコーヒーを一口飲み、カチャリとソーサーの上に置いた。

「俺が以前付き合っていた彼女なんだ」

「…」

私は黙って川口さんの話を聞いていた。

「彼女とは交際を始めて3年目だったんだけど半年ほど前から彼女には別に男が出来て、二股かけられてたんだよ」

「え?」

あまりにも意外な話に思わず私は声を出してしまった。

「こんな話驚くよね?段々彼女と連絡を取りずらくなって…会う時間も減っていって…挙句にデート中にメールが入ってきたり、着信が入ってきたり…こんなのどんなに鈍い男だって普通は気づくよね?」

川口さんは自嘲気味に笑った。

「それで俺は聞いたんだ。相手は誰だって。そしたら同じ職場の同期だって言うんだ。部署も同じらしくて…当然そっちの男といる時間の方が長いだろう?挙句に付き合い始めたって言うんだから。それで彼女謝ってきたんだ。俺の事も相手の事も好きだから、どっちも切れないって。別れたくないなんて言うんだから笑っちゃうよ」

「川口さん…」

「相手の男は俺という彼氏がいるのか知ってるのかって尋ねたら知ってるって言うんだよ。俺はその男の図々しさにも呆れてしまったよ。それで・・つい最近の事だよ。とうとう相手の男と彼女とカフェで会って3人で話し合うことになになったんだ。そしたら、あの2人が日替わりで付き合おうって言い出したんだよ」

「え…?」

私はあまりにも突拍子もない話に驚いてしまった。

「そうだよね?普通なら加藤さんみたいな反応するのが当然だよ。なのにあの2人はそれがさもベストみたいな雰囲気で…それで俺は身を引いたのさ。もう馬鹿らしくて付き合っていられなくなってね」

「そうだったの。でも何故また彼女は川口さんに電話を入れてきたのかな?」

「…」

川口さんは最初、苦々し気に口を閉ざしていたけど…ポツリポツリと話し出した。

「俺が身を引いた直後…相手の男からいきなり振られたんだってよ」

「え?何故?!」

私には相手の男性の気持ちがさっぱり理解できなかった。

「相手の男は…彼氏がいる女性がいいんだってよ。その方が魅力を感じるって」

「そ、そんな…」

「それで、すみれは俺にヨリを戻してほしいって泣きついてきたんだ」

「そうだったんだ…」

「だけど、俺の気持ちはもう冷めていたから当然断ったよ。それなのにいつまでもしつこく電話を掛けてきて…」

川口さんは忌々し気に言った。

「だからさ、あんな電話気にする事無いんだ。もうすみれとは終わった話だし。未練も何もない。むしろ今俺が気になる女性は…」

「川口さん」

「な、何?」

「本当に相手の事が嫌だったらむしろ電話もメールも全て着信拒否するよね?だけど川口さんはそれをしていなかったんだよね?」

「あ…」

不意を突かれたかのように川口さんは俯いた。

「もう一度だけすみれさんと会って話をしてみたらどうかな?そうすればお互いの気持ちが、はっきり分かるんじゃないの?余計なお世話かもしれないけど…」

川口さんは少しの間考え込むような素振りを見せていたが、やがて……。

「加藤さんはどうなの?」

「え?」

「好きなんじゃないの?あの幼馴染の事」

「うん、でも私はいいの。だって亮平はお姉ちゃんの彼氏で亮平はお姉ちゃんにしか興味が無いから。私はこの先もずっと亮平に告白するつもりは無いし、私の物になることは永遠に来ないって事は分かってるから…。このままでいいの」

「何だ。否定はしないのかぁ…でも幼馴染は本当にそう思ってるのかな…」

「何?」

「いや、本当に彼は加藤さんの事を何とも思っていないのかなって…」

「勿論…当然だよ…」

「そう…でも分かったよ」

「え?」

「すみれと…もう一度会って話してみるよ」

「うん。そうだね。うまくいくといいね」

私が笑顔で言うと、川口さんは溜息をつきながら頭をかいた。

「あ~あ。そこまではっきり言われると…脈なしかぁ…」

「え?」

何の事が分からず首をひねると川口さんが笑った。

「ハハハ…何でもない。ごめんね。引き留めて。それじゃそろそろ帰ろうか?」

「うん、そうだね」

そして私たちはカフェを出た。

いつの間にか空は茜色に染まっていた――