紫の厚めの唇が愛する人への気持ちを口にする。遥か遠い昔の人が生み出した愛の言葉だというのに、小町の胸は切なく痛んだ。誰を想い紫はこの百人一首を口にしたのか、知りたくないのに知りたいと思ってしまう。

「泉さんの好きな百人一首は何？」

紫が小町を興味津々と言いたげな目で見上げ、彼女の頰が赤くなる。小町は頰の熱を隠すように紫から目を逸らし、今の自分の気持ちに合っているものを口にした。

「玉の緒よ　絶えねば絶えね　ながらへば　忍ぶることの　よわりもぞする」

紫に意味を聞かれたものの、小町は答えることができなかった。



キーホルダーを拾ってから、小町と紫は少しずつ話すようになっていった。小町が望まなかった「友達」という関係になってしまったのだ。

（嫌だな）

二人で窓際で話していると、紫の目が窓の外に向けられていくのに小町は気付く。その瞳は誰が見ても「好きな人」に向けられているものだとわかる。紫の恋はとっくの昔に芽を出し、花を咲かせようとしているのだ。