紫の指先が手に触れてしまいそうになり、小町は恐怖を感じる。小町の手は緊張や紫への恋で熱くなっていく。その熱のせいでこの気持ちが伝わってしまわないか不安でいっぱいになってしまうのだが、紫の表情は変わらなかった。

「泉さんってかるた部所属だっけ?」

「そうだよ。どうして知ってるの?」

「新聞部が前に取材してなかった?かるたの大会で優勝したんだよね?」

「うん。何とか優勝できたよ」

好きな人が自分のことを知っている。それは喜ばしいことなのだろう。しかし、紫の瞳は恋をしている相手に向けるものではなく、嬉しいのに小町の胸の中には虚しさがあった。

「かるたって百人一首覚えなきゃいけないんでしょ?」

「そうだね」

「百人一首か〜。一つしか覚えてないや」

紫はそう言い、覚えている和歌を詠む。それは光孝天皇の「君がため 春の野に出でて 若菜つむ 我が衣手に 雪はふりつつ」という愛しい人への真心を歌ったものだった。