「面白いやつだな」

 俺はマクドの帰りに、西山が運転する車の後部座席で独りごちた。

「秀一様、楽しそうでしたね」

「そうか?」

「あんなに楽しそうな秀一様、久しぶりに見ました」

 西山は運転席から、軽口をきいてくる。
 でも確かにそうかもしれない。

「可愛い女の子でしたね」

「可愛い? あれがか?」

「まあ今までの秀一様のタイプとはちょっと違いますが、清純で真面目そうな子でしたよね」

 確かに……あの頃の俺はロクでもなかったからな。
 ヤレる相手なら、誰でもよかった。

 
 宝生グループは、もともと俺の祖父が営んでいた建設業が発祥だ。
 俺の親父で2代目、一応俺が3代目になる予定だ。

 先代が大きくした会社は、親父の代で飛躍的に拡大した。
 今や100円ショップの経営から、発電所の建設まで手掛ける一大企業体に成長した。
 中核会社の宝生ホールディングスは東証プライム上場企業で、時価総額は3兆円を超える。

 幼少期に母親を亡くした俺は、とにかく甘やかされて育てられた。
 小学校時代は世話係に生活の面倒を見てもらい、吉岡がずっと教育係だった。

 中学に入ると、いろんな女性が俺に寄ってくるようになった。
 初体験は中2のとき。
 相手は若い使用人で、向こうから迫ってきた。
 避妊具の使い方を教え込まれたのが、唯一の勉強材料だった。

 その後も何人かの女性と関係を持った。
 使用人、出入りの業者の女性、旅行先で出会った女性、等々……。
 まさに発情したサル状態だ。
 親父に見つかると、こっぴどく叱られた。
 相手の使用人や業者の女性は、クビになったり出入り禁止になったりした。

 転機が訪れたのは、高校に入ってからだ。

「遊んでばかりいないで、経営実務の勉強をしろ」

 親父からそう言われて、学校の勉強以外にも経営実務の勉強に拍車がかかった。
 もともと中学のときから、そういった勉強はさせられていた。
 ところが高校に入ると、教育係の吉岡の熱がさらにヒートアップした。

 高1の冬から、仕事の一部を手伝うようになった。
 具体的には、企業買収の意思決定プロセスだ。

 もともと宝生グループは、大型の企業買収を繰り返してここまで成長した。
 そして今後もそのスタンスは変わらない。

 俺に任されたのは中小の優良企業を見出し、買収して育てる。
 実際に案件を持ってくるのは、現場の連中だ。
 そして宝生グループの一画として育てるか、将来さらに良い条件で売却する。
 さまざまな案件が社内稟議(りんぎ)システムを通して上げられてくる。
 俺はそれらをチェックし、最終意思決定部分を任されている。

 とはいっても規模の制限がある。
 どんなに大きくても、1投資5億円まで。
 それ以上は、本体の決済が必要だ。
 この程度の金額であれば、宝生グループとしては些少な金額だ。
 つまり小さい金額で勉強し、実務経験を積め、ということだろう。

 俺はこの仕事にのめり込んだ。
 1件成約ごとに、将来的に数千万円、あるいは億単位の利益が見込める。
 下手なゲームや女遊びなんかより、ずっとスリルがあって面白い。
 それに収益状況に応じて、俺個人に成功報酬も入ってくる。
 まさに趣味と実益を兼ねたアルバイトだ。

 そうは言っても、勉強しなければいけないことも多い。
 俺は企業の財務諸表ぐらいは、かなり読み込めるようになっていた。
 ただ業界特有の知識等を吸収するには、常に勉強をしていかないといけない。
 参考図書は自宅にもあるが、いくつかの資料を斜め読みするには図書館が最適だ。
 俺は学校帰りや休日に、図書館に行く回数が増えた。

 でもまさかあんな形で、クラスメートに会うとは思ってもいなかった。

『これ、お前のか?』
 
『そ、そうだけど……』

 俺の靴の裏に張り付いた物体をかざしながら聞くと、彼女はそう言った。
 ミドルの黒髪、クリっとした二重まぶたの目元。
 まだあどけなさが全面に残る顔立ちだが、笑うとできるエクボが愛らしい。
 月島華恋。
 俺のクラスメートだった。 

 面白いヤツだった。
 俺に全く媚を売るところがない。
 それだけでも新鮮だった。

 それどころか「お前」と呼ぶと、名前で呼べと文句を言ってくる。
 自分が俺のことを「あんた」と呼んでいるのにも関わらずだ。
 どうも自覚がないようだが……。

 今日も一緒に生まれて初めてマクドに行った。
 いろいろと勉強になった。
 月島も母親がいないらしい。
 変な共通点だな。

 マクドで食べる時、両手を合わせて小さな声でいただきますと言った。
 帰るときには、ご馳走さまでしたと頭を下げた。

 俺はいままでそんな女、見たことがなかった。
 お金を持ってるんだから、ご馳走してもらって当然。
 そんな女ばかりだったから。

 小柄で体の凹凸もなく、俺が以前関係を持った女たちとは正反対だ。
 俺の好みとは全然違う。
 それでも俺は今度アイツと、いつ、どこに行こうか……車の中でそんなことを考えていた。