「そうだ、連絡取るんだったら、スマホで便利なアプリがあるぞ」

「なに?」

「緑色の画面のアプリでな。Limeって知ってるか?」

「……そのシリーズ、あなたの持ちネタなの? Lime使ってない高校生なんて、多分いないわよ」

 まあマクドに行ったことないっていう時点で、普通の高校生ではないだろうけど。
 あれ? でも……

「Limeする友達はいるんだね」

「……」

「いないの?」
 言ってはいけなかったようだ。

「……Limeは吉岡と西山との連絡用に使ってる」

「誰それ? クラスにはいないよね?」

「ああ、吉岡は俺の教育係で、西山は運転手兼SPだ。西山は今、ここから見える所にいるぞ」

「え、うそ」

「本当だ。気づかなかったか」

 私はマクドの中をもう一度見渡した。
 確かに人がたくさんいるが、SPらしき人は見当たらない。

「わかんないよ」

「まあ彼は気配を消すのも仕事のうちだからな」

「どんな仕事なのよ……」

 彼はポケットからスマホを取り出した。
 最新の高級機種だった。

「登録の仕方、わかるか?」

「もちろん。QRコード出してくれる?」

「……どうやって、やるんだ?」

「……ちょっと貸して」

 私は彼のスマホを借りて、Limeのアイコンをタップする。
 彼のQRコードを出して、私のスマホで読み込んだ。

「おお、3人目の友達が登録されたぞ」

「私で3人目なの? どんだけ友達いないのよ。ご両親はやらないの?」

「親父はやらないな。母親はいない」

「えっ?」

「ん? ああ、母親は俺が5歳の時に亡くなった。白血病でな。」

「そうだったんだ……」

「月島はご両親とLimeとかするのか?」

「父親とはね。私も母親は亡くなってるんだ」

「そうなのか?」

「うん、中2のときにね。末期がんだった」

「そうか……辛かったな」

「……宝生君もでしょ?」

「俺の場合、まだ小さかったからな。母親の記憶がほとんどないんだ。庭で一緒に遊んでもらったのを、なんとなく覚えている程度。あと病院のベッドで寝てるところとかな」

「そうなんだね」

 お互い母親は、もうこの世にはいなかった。
 私は勝手に変なシンパシーを感じていた。

「マクドだけじゃなくて、いろんな所の無料券がある。期限切れになると勿体ないし、また一緒に行ってくれるか?」

「……私でよければ、付き合うけど……」

「そうか、じゃあまた連絡する」

 そういうと、嬉しそうにイケメンスマイルを私に向けてきた。
 心臓に悪いので、やめて欲しい……。

 彼は立ち上がり、そのまま帰ろうとする。

「ちょっと、片付けなさいよ」

「ん? 自分で片付けるのか?」

「マクドはそうなのよ。もう……私がやるからいいけど……」

 私はトレイを持ってゴミ箱へ行き、ゴミを捨てた。

「ありがとう」

「うん、次回一人で来たときは、覚えておいてね」

「ああ……まあ一人で来ることはないと思うが」

「……それって次回以降も、私にやれってこと?」

「いや、次回は俺がやろう」

 2人で出口を抜け、マクドの外に出た。

「それじゃあな」

「うん。ありがとう。いろいろとご馳走さまでした」

 私は小さくお辞儀をする。
 
「ん? あ、いや……」

 なぜか彼は意表をつかれたような表情をした。

「? 私、なにか変なこと言った?」

「そんな風に礼を言われたことが、今までなかったからな。ちょっと驚いた」

 つまりデートしても奢ってもらって当然、みたいな女としか付き合ったことないってことかな?

「今までどんな女の人と付き合ってきたのよ」

「……確かにロクでもなかったな」

「ロクでもないって……」

 それ以上は聞きたいような、聞きたくないような……。
 やっぱり聞きたくなかったので、話を切ることにした。

「じゃあ帰ろっか。それじゃあまたね」

「ああ、またな」

 私はマクドを後にした。
 今日の夜は家で何を作ろうか……私は冷蔵庫の中身を、頭の中で確認していた。