「いったい何があったんだ?」

 月島の様子が、明らかにおかしい。
 夏休みに入って連絡をしても、まともな返事をよこさない。
 マクドや食事に誘っても、全然乗ってこない。

 最初は本当に都合が悪いだけかと思っていた。
 しかしこれだけ立て続けに断られれば、さすがに気づく。

 どうする?
 直接会って、問いただすか?

 いや……それは悪手だ。
 アイツは理性的な人間だ。
 なにも理由がなく、こんなことをするはずがない。
 
 その理由は何だ?
 俺はなんとも言い難いもどかしさを感じていた。
 結局アイツから話してくれるのを、待つしかないのか?

 俺は『月島成分』に飢えていた。
 アイツの作ってくれたアップルパイが食べたい。
 いっしょにマクドやサンゼにも行きたい。
 アイツと仕事の話をしたり、アイツからいろんなアイディアを聞いたりしたい。

 この感情は、なんなんだろう。
 今まで感じたことのない、この感情は……。
 俺は残りの夏休みを、悶々としながら過ごさなければいけなかった。

        ◆◆◆

 夏休みも残り1週間ぐらいになった。
 夕食の後片付けを終わらせてスマホをみると、Limeのメッセージが。

 ハリー君:こんばんは。よかったら音声通話したいんだけど、いいかな?

 ハリー君からだ。なんだろ?
 私は無料通話のアイコンをタップした。

「あ、月島さん? こんばんは」

「こんばんは。ごめんね、ハリー君。今メッセージに気がついて」

「ううん、全然。あのね、月島さん……今週のどこか、空いてる時間ってあるかな?」

 ハリー君の声が、いつになく緊張している。

「えーと、ないことはないけど……何かあるのかな?」

「え? う、うん。あのさ……もしよかったら、映画とか一緒に見に行かないかなと思って」

「映画?」

「う、うん。そう」

「えーと……柚葉も一緒?」

「えっ? ち、違うけど……」

「ハリー君と2人で、ってこと?」

「……うん」

 ハリー君の声が、ものすごく小さくなった。

 これは……どう捉えるべきかな。
 落ち込んでいる私を、元気づけようとしてくれてるのは間違いない。
 でも……どうする? 

「えっと……2人で、ってことなら、ちょっと行けないかな」

「……うん、そっか。そうだよね」

「ごめんね」

「うん、わかった。ありがとう。また皆で行こう。何か企画するね」

「うん、ありがとう。待ってる」

「それじゃあ、おやすみ」

「うん、おやすみなさい」

 短い時間の通話が終了した。
 私は小さく嘆息する。

 選択肢の中には、「皆で行こうよ」とか「代わりに柚葉をさそったら?」という言葉もあった。
 でも、あの誠実なハリー君が、私と2人で映画に行きたいと電話をかけてきた。
 だからそんな言葉を返すなんて、的外れもいいところだ。
 きつい返事だったかもしれない。
 でも誠実な問いかけには、誠実に返さないと……それが礼儀だと思う。

 それにしても……そういうことだったのかな?
 私は自分の鈍感さに呆れていた。
 全然気がつかなかった。
 ハリー君と柚葉が、お似合いだとばかり思い込んでいた。

「全然ダメだな、私……」

 いろいろとうまくいかない。
 全部ちぐはぐだ。
 ピースがはまらないパズルを延々と繰り返しているような、そんな気分だった。

 私が悶々と悩んでいると……

「華恋、ちょっといいか?」

 通話が終わるのを待っていたのか、お父さんが声をかけてきた。

「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」

「ああ、ちょっと前もって言っておこうかと思って……」

 お父さんが、何かを言いよどむ。
 なんだろう。

「この間華恋がバイトに行ってた時間なんだけどな……例の金融会社の連中が、ここに押しかけてきたんだよ」

「えっ? 家にまで来たってこと?」

「そうなんだ。電話だけじゃなくて家まで押しかけるなんて……非常識にも程がある」

 でも……それって、お父さんがお金を返してないからってことだよね。

「大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。それでな、華恋。万が一連中が家に来ても、絶対に玄関先に出ちゃいけない。奥の部屋にいてほしいんだ。連中は家の中には絶対に入ってこない。だから安心してほしい。まあ家には来ないように、話してはいるんだけどね」

「……うん、わかったけど……」

 それってかなりヤバい状況なんじゃないの?
 お父さん、本当に大丈夫だろうか。
 背中に積み重なるいろんな荷物に、私は押しつぶされそうだった。