夏休みに入ったばかりのある日、柚葉がメッセージを送ってきた。

 柚葉:ねえこれ見た? いろんなところに拡散されてるよ。

 添付されていたのは、宝生君と美濃川さんの2ショット写真。
 1学期最後の日に、教室で撮ったあの1枚だ。
 宝生君の肩に頭をつけて、嬉しそうにピースしている美濃川さん。
 明らかに仏頂面の宝生君。
 その表情が可笑しくて笑ってしまったが、カップルに見えないこともない。

 柚葉:どうやら美濃川さん、既成事実みたいに外堀を埋めたいみたいだよ。本当に必死だね。

 柚葉いわく、美濃川さんはこの写真を「匂わせコメント」と一緒にアップしたらしい。
 そしてそれが拡散中ということだ。

 私は大きなため息と一緒に、その写真を削除した。
 もうそれ以上、少しでも視界に入れたくはなかった。 

 夏休みに入ってからも、宝生君は毎日のようにLimeをくれた。
 私はあたりさわりのない返事に終始した。
 
 マクドや図書館、映画や食事にも誘ってくれた。
 でも私はいろいろと理由をつけ、全て断り続けた。
 何かあったのか?と気遣ってくれた。
 特に何もないよ、と返信する時、心が悲鳴をあげていた。

 音声通話がかかってくることもあったが、全部出なかった。
 あとから忙しくて出られなかったと、メッセージで言い訳をした。
 
 そのうちに空気を読んでくれたのか、連絡が少しずつ来なくなった。
 私は安心しながらも、寂しさと辛さで押しつぶされそうだった。
 本当は宝生君に会いたい……。
 あの笑顔、声、温もりをそばで感じたかった。
 でもそれはかなわない願いだった。

 私は連日バイトに精をだした。
 とにかく体を動かしたかった。
 バイト代も稼げるし、その間はいやなことを忘れられる。

 8月に入ったある日、柚葉から連絡が来た。
 そろそろ連絡が来る頃かなぁ、とは思っていた。
 案の定、夏休みの課題を手伝ってほしいとのお願いだった。
 実は去年の夏休みも全く同じ時期に、柚葉の手伝いをしたからだ。

 せっかくだから、ハリー君にも声をかけていいかと聞かれた。
 もちろん問題ないよと返事をしておいた。
 結局3人で、市立図書館に集まることにした。
 幸い会議室の予約が取れたのだ。

        ◆◆◆

「ねえ、なんで夏休みでこんなに勉強しなくちゃいけないの?」

「三宅さん、これは勉強じゃなくって課題でしょ」

「だってさ、『夏の休み』なんだよ? これじゃ全然休めないじゃん」

「その理屈だと、平日しか勉強できなくなっちゃうよ」

 市立図書館の会議室で、3人で課題を始めた。
 私は夏休みの課題は、ほとんど終わらせている。
 残りの課題に手を付けながら、柚葉の質問を受け付けていた。

 この3人で来れば、少しは気が紛れるだろう。
 そんな事を考えていた。
 ところがいざ来てみると……逆効果だった。

 この会議室で、試験前に宝生君と勉強をしていたこと思い出す。
 私がまとめた手書きのプリントを見て、『これ凄いな』って言ってくれた。
 やさぐれた私に、『色白で華奢で……いいと思う』って言ってくれた。
 あんなに俺様なのに、あんなに優しかった。
 
 そんな彼が、ここにはいない。
 私だけに見せてくれていた優しい姿を、もう見られないかもしれない。
 そんな気持ちを、私は柚葉とハリー君の前で必死に隠さないといけなかった。

 私は自分で思っていたよりも、ずっと重症だったようだ。

「華恋、大丈夫?」 
 柚葉が聞いてきた。

「ん? なにが?」

「目が真っ赤だよ」

「え? そ、そう? ちょっと寝不足かも」

「あー、華恋はバイトとかあるし大変だよね」

「三宅さんは、いつも睡眠十分っぽいよね」

「あたりまえでしょ? 睡眠は美容と健康に必要なの」

「その時間を、少しだけ勉強時間に振り替えたら?」

「嫌だよ。だから今は『夏の休み』なんでしょ? 休まないとダメなの!」

 柚葉とハリー君のショートコントは、私を少しだけ癒やしてくれた。
 それにしてもこの2人、あいかわらず仲がいい。


 会議室での勉強が終わったので、3人で休憩室に移動した。

「華恋、アイスティーでいい? 奢るよ。勉強教えてくれたし」

「本当に? ありがと」

 私がそう言うと、柚葉はボトルのアイスティーを買ってくれた。

「はい」

 柚葉はそのまま、私に手渡してくれた。
 そういえば……宝生君は気がつくと、私にボトルのアイスティーを買ってくれてたっけ。
 俺だけだと飲みづらい、っていうのが彼のいつものセリフ。
 
 そして……必ずキャップひねってを開けてから、私に手渡してくれた。
 いつだって、さりげなく優しかった。

(宝生君……)

 私は我慢していたものが、心の奥底から一気にせり出してきた。


 自分でも不思議なぐらい、突然涙が溢れ出してきた。

 
 どうしようもなく、彼に会いたかった。
 会いたくて会いたくて、仕方がなかった。
 次から次へと溢れだす涙を、私は止めることができなかった。

「ちょ、華恋?」
「月島さん、どうしたの?」

 二人が慌てるのも無理はない。
 私は大丈夫だから、と言って待っていてもらった。
 私の嗚咽は、しばらく止まらなかった。