「あれぇ? やっぱり宝生君だ」

 いきなり正面から、鼻にかかった甘ったるい声が聞こえた。
 なんでまたこのタイミングで……。

「な、なに? また2人で……」

 はち合わせをした美濃川さんは慌てた様子で、その視線を私と宝生君の間を往復させた。
 横から宝生君の舌打ちが聞こえた。

「ああ、一緒に食事したんだよ。俺が誘ったんだ」

「ほ、宝生君」

 私は慌てた。
 どうやってやり過ごそうかと頭をフル回転させたところに、宝生君の言葉が先制した。

「月島、行くぞ」

「ちょ、ちょっと」

「ま、待って、宝生君」

 宝生君は私の腕を引っ張りながら、ずんずんと歩いていく。
 美濃川さんの声が遠ざかっていった。
 横目で隣を見上げると、明らかに不機嫌なオーラをまとう宝生君が私の腕を引っ張っていた。

        ◆◆◆

「もうちょっと言い方あったんじゃないの?」

「言い方? 俺は事実を言ったまでだ」

「そうだけど……」

 食後にコーヒーが飲みたいという宝生君を連れて入ったのは、ちょうど近くにあったコーヒーチェーン店のサンマルコカフェだ。

「私、あんまり美濃川さん敵に回したくないんだよね」

「敵? 敵なんかになりようがないだろ」

 いや既になってるし……。

「まあ美濃川さんのアプローチも分かるけど、この間の話を聞いて宝生君の言わんとするところも分かるからねぇ」

「そういうことだ」

 本当に彼はブレない。
 まわりがどうとか、全然関係ない。
 自分の意志と行動が一致している。
 私はそれが、凄く羨ましかった。
 でもそれは、宝生家の看板があるからできることなのかもしれない。

「ところでテスト、どうだった?」

「おお、そうだ。9位だ。トップテンに入ってきたぞ。月島のおかげだ。ありがとな」

「ほんとに? すごいじゃない。宝生君、元々頭いいからね」

「月島は?」

「2番だった」

「そうか、もうちょっとだったな」

「でも数学が満点だったよ」

「ああ、まあ今回はそんなに難しくなかったからな」

「宝生君も?」

「もちろんだ」

「そっかー。でも教えてくれたところが、しっかりテストに出てきてびっくりしたよ」

「そう言えば、そうだったな」

 私達は時間を忘れて話し込んでいたが、そろそろいい時間になった。
 飲み終えたアイスコーヒーとアイスミルクティーを返却口に持っていき、2人とも外にでる。
 また駅に向かって歩き始めた。

「そういえばさ」

「ん?」

「さっきの……ありがと」

「さっきの?」

「わ、わかんなかったら、いい」

「?」

 彼は本当に忘れているようだった。

 駅で宝生君と別れた。
 私は電車、彼は運転手付きの車だ。
 
 帰りの電車の中、私は彼の言葉を頭の中で反芻していた。

『お前だって、十分可愛いぞ』

 そう言ってくれた宝生君の表情を思い出す。
 言ったあと、恥ずかしそうにうつ向いていた彼。
 そんな言葉も、そんな姿も、私の心臓を不安定にさせるのには十分だった。