花火大会も終わり、俺たちは帰りの車の中で言葉少なだった。
 花火は2人とも楽しんで見ていたが、最後に月島が泣き出してしまった。
 亡くなった母親を思い出したようだ。

 そんな思い出があれば、辛いに決まっている。
 どうして先に言わなかったんだろう。
 言ってくれれば、誘うことはしなかったのに。

 それでも月島は、俺と花火を見たかったと言ってくれた。
 泣いたりしてゴメンと。

 涙が止まらない月島を、俺は抱きしめたやりたかった。
 華奢なその両肩を、俺の両手で包んでやりたかった。
 でもなぜか俺はそうしなかった。

 俺は多分、月島と対等でいたかったんだと思う。
 変な情けをかけて、上から目線になるのが俺自身嫌だったんだと思う。
 それに……俺と月島は、恋仲じゃない。

 それでも……俺は後悔していた。
 黙って抱きしめてやるべきだった。
 何も言わずに、泣き止むまで傷を癒やしてやるべきだった。
 それに……今日のために、慣れないメイクを施してきたんだろう。
 綺麗だ、可愛いと、ちゃんと口にしてやるべきだった。
 いろいろと後悔することが多すぎる。

「なんか今日はごめんね。それと……ありがと」 

 隣に座る月島は、柔らかい笑顔でそう言った。

「こちらこそだ。でも辛いなら辛いって言えよ」

「うん、でももう大丈夫だよ。また来年も誘ってほしいな。今度はもっと楽しめると思うから」

「……そうだな。それよりも、期末テストの心配の方が先だ」

「あ、そうだった……じゃあまた勉強会だね」

「ああ、頼む」

「図書館、また予約しとくよ」

 そんな話をしていたら、月島の家に着いたようだ。
 古びたアパートの前で、車は静かに停まる。

「本当にありがとう。楽しかった」

「ああ。またな」

「うん、それじゃあね」

 月島は西山にも丁寧にお礼を言うと、そのままアパートの2階への階段を上がっていった。


「礼儀正しい、可愛いお嬢さんですね」

「……まあ、そうだな」
 自宅に向かう車の中、俺は西山の意見に相槌を打つ。

 びっくりするぐらい、思った以上に古いアパートだった。
 あの生活環境で、アルバイトをしながら特待生を維持している。
 俺はシンプルに凄いやつだと感心した。
 
 良い教育と良い医療には、どうしたってお金がかかる。
 それが世界的な常識になりつつある。
 月島はその常識に(あらが)って、今の生活環境を手にしている。
 本人の才能もさることながら、きっと見えないところでものすごく努力をしているんだろう。

 少しでもいいから……俺は月島に頼ってほしいと思った。
 傲慢かもしれない。
 それでもいい。
 アイツのために、何かできることはないだろうか。
 俺は車の中で、そんな事をぼんやりと考えていた。