「ほい、これ」

「え? なに?」

 私は彼が差し出した小さな袋を受け取った。
 包装紙からすると、さっきの売店で買ったもののようだ。

「やるよ」

「えっ?」

 やるよ、って言われても……。

「あ、開けてもいい?」

「もちろん。大したもんじゃないぞ」

 私は袋を開けた。
 中からキーホルダーが出てきた。
 サメのキーホルダーで、アメコミのようにユーモラスなデザインのやつだ。

「似てるだろ?」

「誰がサメよ」

「凶暴なところだ」

「だから凶暴じゃないでしょ!」

 私たちは言い合いながら、歩いていく。
 そんなに気を使わなくていいのに……。

「でも、いいの? もらっちゃって」

「チケットを出してもらったからな。一応お礼みたいなもんだ」

「やめてよ。そんなこと言ったら、私はどんだけお返ししないといけないのよ」

「後日まとめて請求する。大丈夫だ、体で返せとは言わないから」

「うわー、マジセクハラ。どうせ私は体の凹凸が!」

 そういいながら彼の腕をポカポカと叩いてやった。
 宝生君は爆笑していた。
 私は笑えないんだけど。

 そうやって2人ふざけて歩きながら、近くのサンゼリアへ向かった。
 休日なので混んでいる時間帯を外した。
 今は午後2時前だから、ピーク時は過ぎただろう。

 サンゼリアに着くと、混んでいたが待ち時間なしだった。
 席について、2人でメニューを眺める。

「これは……思った以上に安いな」
 宝生君はメニューを広げながらごちた。

「やっぱりそうかな?」

「ああ。これだと本当に回転をあげないと、利益がとれないんじゃないかな」

「うん、そんなイメージだよ。いつでも混んでるしね」

「実はサンゼリアは、あるアンケート調査で外国人観光客の中で人気ナンバーワンのファミレスらしいんだ」

「へーそうなんだ」

「ああ。グループで来てオードブルにサラダ、メインにデザート、それにワインもしっかり飲んで一人当たり20ドルもかからない。味のレベルもかなり高いし、チップも不要。そんなイタリアンレストランは、海外にないそうだ」

「なるほど」

「グラスワインが一杯100円とかだろ? ありえない」

「まあサンゼリア価格ではあるよね」

 注文が決まってから、オーダー用紙に記入する。
 宝生君がパスタの大盛り、私がドリア、シェア用にピザとサラダも注文。
 あとはドリンクバーが2つ。
 そしてベルを押して、用紙を店員さんに渡した。

「このオーダー方法、効率を極めた感があるな。ただちょっと無機質な感じは否めない」

「そうだね。でもこのシステム、私のバイト先でも採用してほしいな」

 2人揃ってドリンクバーへ向かう。
 私は白ぶどうのジュース、宝生君はウーロン茶を持って席にもどる。

「子供がメロンソーダとコーラとオレンジジュースを混ぜてたぞ。どんな味がするんだ?」

「まあドリンクバーあるあるだね。あとさ、サンゼリアといえば都市伝説とかもあるし」

「都市伝説?」

「前にね、サンゼリアのエスカルゴが凄く人気が出た時があったの」 

「なにっ? エスカルゴまであるのか……本当だ、しかも安いな」

「そう。その時に『日本中のカタツムリがいなくなった』って噂がたったんだよ」

「それは都市伝説と言うより、ネタだな」

「でも最近、カタツムリ見なくなったと思わない?」

「……怖いこと言わないでくれ」

 そんな話をしていると、料理が運ばれてきた。
 2人でいただきますと言って、食べ始める。

「うん、この値段とは思えない味だな。流行るわけだ」

「そうだね。リピーターも多いし」

「ただこの値段で出せるという事実の裏側には、安い人件費というのがあるのも見逃せないな」

「人件費が安いって?」

「そのままの意味だ。2018年の統計だとOECD加盟35カ国のうち、日本の平均年収ランキングは24位で決して高くない。ちなみにお隣の韓国が19位で日本より高い」

「えー? そうなの?」

「4位のアメリカの平均年収は、日本の1.7倍だ。もちろんアメリカはとんでもない高所得者層がいて、それらが平均を押し上げているという要因があるが、一方で日本の平均年収はこの30年ぐらいほとんど変化がないんだ」

「そうなんだね」

「もちろんその分、日本の物価自体も上がってないわけだが……何かの犠牲の上に成り立っている経済っていうのは、納得がいかないと思わないか? こんなんじゃあ、俺たちの世代は結婚して子供を育てること自体がとても大変で、人口なんか増えるわけがない」

「……なんだか明るい未来が見えてこないね」

「……すまん。やめよう、食事がまずくなる」

 でも我が家が経済的に逼迫しているのは、主に借金からなんだけどね。