「華恋、またこれ頂いたんだけど、使うかい?」

 夕食の最中、お父さんがポケットからチケットのようなものを出してきた。
 今日はバイトがなかったので、夕食は私の当番だ。
 ハンバーグにサラダに味噌汁、冷奴というおかずのラインナップ。

「ああこれ……でもちょっと久しぶりだね」

 私はお父さんからそれを受け取った。
 「ムーンライト水族館 入場券」
 チケットには、そう書いてあった。

 ムーンライト水族館は、この街の繁華街のビルの中にある小さな水族館だ。
 この間宝生君と行った、映画館から近い。
 
 この水族館の設計は、お父さんの会社が請け負ったらしい。
 そんな関係でオープンしてから数年経った今でも、たまにこうして無料チケットが送られてくるそうだ。

「水族館かぁ……」

 宝生君、興味あるかな……。
 私はそんなことを考えた。
 水族館と行っても所詮はビルの中にある小さなもので、海沿いの大きな水族館のようなものを期待していくと、かなり残念な思いをする。
 それでも場所がいいので、このあたりでは結構定番のデートコースだ。

 だから別にデートじゃないし……。

 でも水族館へ行ったあと、サンゼリアというコースはいいんじゃないかな。
 行ったことがあるかもしれないけど……とりあえず宝生君に聞いてみることにしよう。

「ありがと。友達に聞いてみるよ」

「そうかい。無駄にならなくてよかったよ」

 そう言ってお父さんは、ハンバーグを一口サイズに切って口に運んだ。

 夕食後、私は宝生君にLimeを送ると「いや、行ったことない。前から興味はあった」と返信があった。
 ちょうどよかった、水族館とサンゼリアのコースで時間的にも丁度いいだろう。
 お互いの予定を確認して、次の週末に一緒に行くことにした。

        ◆◆◆

 「こんな風になってるんだな」

 ムーンライト水族館の中に入ってあたりを見渡した宝生君は、少し驚いた表情でそう言った。

「ね、面白いでしょ。こんなビルの中に、水族館て作れるんだなって」

「ああ。これ、月島のお父さんが設計したんだろう?」

「いや、もちろんチームで設計したんだろうけどね。でもかなり関わってるって話をしてた」

「凄いな」
 宝生君は関心しきりだった。

 私たちは順路に沿って進んでいく。
 トロピカルな色とりどりの熱帯魚がいる珊瑚礁のコーナーを抜ける。
 その次はクラゲのコーナーで、暗い室内の中に照明が使われて浮かび上がるクラゲが幻想的だ。
 深海魚のコーナーの次には、サメがいるコーナーへ。

「歯が鋭いね」

「凶暴そうだな。親近感を覚えるか?」

「誰が凶暴よ」

 そんな冗談を交わしながら、進んでいく。
 ふと周りを見ると、休日のせいもあるのかカップルがやたら多い。
 今日の宝生君は、白い薄手のパーカー風のシャツに、黒のスキニージーンズとスポーツブランドのスニーカー。
 ラフな服装なのに、長身で筋肉質の彼の体型にはピッタリだ。
 他の女の子のグループから視線を感じるのは、気のせいではないだろう。

「前にも来たことがあるのか?」

「何度かね。私もお父さんから、ここのチケットはたまにもらうんだ。柚葉と一緒に来たこともあるよ」

「そうなんだな。街中にある、というのが意外性があって面白い。ただ運営上のランニングコストが結構かかりそうだな」

「そうなの。ここは市も半分運営に関与してるらしいから、なんとかなってるみたい」

「ということは、税金が使われてるわけだな」

「そういうことね」

 2人は水族館の展示コーナーを抜けて、売店に向かった。
 ここではちょっとしたアメニティーや、パンフレットが売っていた。
 宝生君は売店をうろうろしていたが、何かを買ったみたいだった。

 2人は売店を通り抜けて、水族館から出てきた。

「あっという間だったでしょ?」 

「まあここに水族館がある事自体が、驚きだからな。でも面白かったぞ」

「そう。よかった」