「なんだこれ? キャラメルか?」

 彼は靴の裏に張り付いたそれを手で剥がしながら、(いぶか)しげに言った。

「これ、お前のか?」
 
 ぺしゃんこになったキャラメルを私に向けて、小声でそう聞いてきた。

「そ、そうだけど……」

「食べるか?」

「た、食べないわよ」

「30秒経ってないぞ」

「3秒でしょ普通。だとしても食べないわよ」

 30秒ルールなんて、聞いたことないわよ……。
 私は慌ててティッシュを一枚取り出して、彼からその物体を受け取って包みポケットに入れた。

「お前……たしか同じクラスじゃなかったか?」

 制服を見れば、同じ学校までは分かったんだろう。
 でもまあ、私を認識することはないだろうな。

「うん、そうだよ。月島(つきしま)

「やっぱりそうだったか。俺は」

「宝生君、でしょ? あなたを知らない人なんて、うちの学校にいないわよ」

「……そうか……」

 彼はちょっと寂しそうに、小さなため息をついた。

「す、座ったら?」

 彼を立たせたままでいるのもどうかと思い、空いていた私の隣の席を進めた。

「ん? ああ」

 彼はそのまま、私の隣に座った。
 その途端、私の緊張レベルが3倍になった。
 今までこんなイケメンの2m以内に近づいたことがない。
 私の心臓が、かなりテンポアップした。

「よく来るの?」

「ああ、たまにだな」

 彼の手にしている本をチラ見する。
 
「建設業界総覧」「建設業における収益認識基準」「外食産業の実態」「外食業:客単価と原価計算」

 おおよそ高校生が読むような書籍ではない。
 私の視線に気がついたのか……。

「ああ。今、家の仕事をちょっと手伝っててな。まあバイトみたいなもんだ。」

「そ、そうなんだ。すごいね」

「そうでもない」

 彼はそう言うと、私が机の端においていたキャラメルの箱を手にとった。

「あっ……」 

「この箱……見たことあるな」

 まあ人気のキャラメルだけど。

「た、食べてみる?」

「……館内は、飲食禁止だぞ」

「そうだけど……」

 私が口ごもると、彼はふわりと微笑みを浮かべた。
 私の心臓が、またうるさくなった。

「たしか似たような箱の菓子が、家にあったぞ。お前、明日も来るのか?」

「月島」

「ん?」

「名前。お前じゃないの。月島。月島華恋(つきしま かれん)
 
 私はちょっとムッとした口調で言ってやった。
 まあ彼の環境的に、俺様になるのは仕方ないのだろう。
 だとしても、だ。

 彼はちょっと虚をつかれたような表情をしたあと、またさっきと同じ笑みを浮かべた。

「わかった。月島、明日も来るのか?」

「……バイトも入ってないし、来ると思う」

「そうか。じゃあ明日持ってくるわ」

 彼はそう言うと、キャラメルの箱を私に返して立ち上がった。
 そして「じゃあな」といって立ち去ってしまった。
 
 嵐が去った後、一人取り残された私は嘆息する。

「はぁ……なんだったんだろ、今の」

 私は疲れた頭に新しい糖分を補給するため、再びキャラメルの包装紙を剥がし始めた。
 本当に明日、来るのかな。 
 ふわりと微笑みを浮かべたイケメンの横顔を思い出した。
 心臓が少しだけキュッとなった。

「あ、そうだ。これからバイトだった」  
 
 6時からシフトが入っていることを、うっかり忘れるとこだった。
 急がないと。