そして週末の日曜日。
 私は朝から緊張していた。
 昨夜はほとんど眠れなかった。

 だってしょうがないでしょ?
 よく考えたら、いや考えなくても男の子と2人で映画を見に行くことなんて、これが生まれて初めてなんだから。
 しかも相手は、あの宝生君だ。

 もちろんデートじゃないって、わかってる。
 それでも私にみせてくれた彼のいろんな表情を思い出すと、心臓が高鳴った。
 ちょっと私……大丈夫だろうか。

 着て行く服だって、見当たらなかった。
 唯一無難であろうと思われる服を、選ぶしかなかった。
 チェックの膝上ワンピースに白のカーディガンを合わせる。
 私にしては頑張って、足を出している方だ。
 でも胸の方は……全然足りない。
 全く柚葉が羨ましい。
 なにか胸を大きくする特別なケアとかあるんだろうか。
 今度聞いてみようかな……。

 それよりメイク道具だって、持ってない。
 唯一ピンクの色付きリップを塗る程度。
 こんな貧相な女、もしデート相手だったら宝生君にふさわしくない。
  
 でもこれはデートじゃないから大丈夫だよね……。
 そうやってもう一度、無理やり自分に言い聞かす。

 映画は3時からだけど、早めに来てほしいと言われた。
 映画館のロビーに着く。
 入ってすぐに、宝生君がわかった。
 遠目からでも、イケメンはすぐに分かるようになっているようだ。

 白系のシャツに黒っぽいジャケット。
 下はスリムのダメージジーンズ。
 こんなにラフなスタイルなのに、スラッとした長身の宝生君には抜群に似合っていた。

「おう」
 
 宝生君は、片手を上げる。

「お待たせしました」
 
 私は自分が緊張しているのが分かった。

「……私服の月島を見るの、初めてだな」

 宝生君の視線が、私の全身をスキャンし始めた。

「あ、あんまり見ないで……」

 私は持っていた小さなバッグを前にかざして、防御を試みる。
 もしかしたら、歴代の彼女と比べられるかも……。
 そうなると勝ち目はない。
 いやだから、デートとかじゃないし!

「いや、なんだ、その……」

 宝生君の顔が少し赤い。
 
「かっ……」

「?」

「か、カフェで何か飲むか?」

「……う、うん、そうだね。ちょっと喉かわいたかも」

 2人でチケットブースに進むと、宝生君が招待券のようなものを2枚渡した。
 するとブース内のお姉さんが、映画のチケットを発券してくれた。

「悪いな。本当は映画が選べればよかったんだけど。」

「全然いいよ。法律モノって、見たことなかったし。」

 宝生君が持っていたチケットというのは、ある映画の招待券だった。
 ローファーム・イン・アメリカ
 ニューヨークの法律事務所を舞台にした、裁判モノの映画だ。
 逆に恋愛映画とかじゃなくて、よかったと思う。

 通路を抜けて中に入っていく。

「ちょっとなにか飲もう」

 そう言う宝生君の後についていく。
 入り口には「シアター・ラウンジ」と書いてある。

「ラウンジ?」

「このチケット、ラウンジも利用できるらしい。なにか飲もうぜ」

 ラウンジ付きの映画?
 え、なにそれ?

 その中に入ると、カウンター席とテーブル席がある。
 カウンターの内側にバーテンダー風のお兄さんがいた。
 
「何飲む?」

「え? えーと……じゃあアイスティーで」

「ミルク? レモン?」

「じゃあミルクで」

 宝生君はそのお兄さんに、アイスミルクティーとアイスコーヒーを注文した。
 出された飲み物を持って、2人でテーブル席へ移動する。

「なんか凄いね」

「まあそうだな。席がグランドクラスって言うらしい」

「一般の席と違うの?」

「違うんじゃないか? シートも座り心地がいいと思う」

 なんだか別次元の世界。
 まともにきたら、一体いくらするんだろう。