「うーん……普通だな。サクサク感はいいが、甘すぎる」

 目の前の宝生君は、微妙な表情をした。

 翌日、私達は前回と同じ市立図書館近くのマクドで待ち合わせをした。
 宝生君は前回同様、無料クーポンでご馳走してくれた。
 彼は追加でアップルパイを買って、一口かじったところだ。

「まあ確かに甘すぎるかもね。でもシナモンが効いてるから、私は嫌いじゃないよ」

「俺はシナモンは苦手なんだよ」

「アップルパイは好きなの?」

「ああ、好きだな。俺は覚えてないんだけど、母親がよく作ってくれたらしいんだ」

「え……そうだったんだね」

「そんなにしんみりすることじゃないぞ。記憶にはないんだけど、もしかしたら舌が覚えているのかもしれないな」

「そっか。まあ日本では違うけど、海外では『母親の味』的なものの一つらしいよ」

「なるほど、そうなんだな。お前……月島も作れたりするのか?」

「できるわよ」

「え? マジか?」

「手の込んでないものだったら、アップルパイは簡単よ。リンゴを砂糖とバターで煮詰めてコンポートを作って、冷凍のパイ生地買ってきて包んで焼くだけだから」

「そうなのか!?」

 そうなのかって……またこの流れなの?
 
「えーっと……つ、作ってこようか?」

「いいのか!?」

 即答だった。
 ああ、まただ。
 ツンデレの柴犬が、尻尾をブンブン振っている。

 (も、もうっ……可愛いっ!)

 俺様からのギャップが激しい。
 私は心のなかで、体を(よじ)っていた。

「そうか、じゃあ期待してるぞ」

「あ、あんまり期待されても困るんだけど……」

 言っといてなんだけど、私はたじろいだ。

「わ、私じゃなくったってさ。他の子に頼めばいくらでも作ってくれるわよ。それこそ、その……美濃川さんとか」

「俺、アイツ嫌い」

 即答だった。

「化粧濃いし香水臭いしスカート無駄に短いしアザといし空気読まないし」

「そ、そこまで言うことないじゃない」

 全面総攻撃だった。

「いくらなんでも言いすぎでしょ」

「もちろん本人には言わんぞ。でも俺が嫌だってこと、わかるはずだろ? アイツしつこいんだよ」

「ま、まあ、本人もそれぐらい必死だってことで」

「月島、お前どっちの味方なんだ?」

「わ、私はどっちの味方でもないわよ」

 なんでここまで嫌うかな。
 一種のアレルギーみたいな感じなの?

「それにな、これはあまり大声では言えないんだけど……アイツの親父も問題なんだよ」

「美濃川さんのお父さん?」

「そう。和菓子屋の社長なんだけど、PTA会長だろ? いろいろと学校の事にイチャモンをつけてくるらしいんだよ。教師の質がどうとか、施設がどうとか」

「学校の事? まあPTA会長って多少はそういう立場なんじゃないの? それに……宝生君と、何か関係あるの?」

「ああ……これは内緒にしといてくれ。宝生グループはウチの高校に毎年多額の寄付をしてるんだよ。だからどちらかといえば、宝生グループは学校の運営サイドの立ち位置にあるんだ」

「へぇー、そうだったんだ。知らなかった」

「だからある程度は教師の採用とか学校や施設の運営とかに、宝生グループの意向が汲まれているんだ。それにいちいち難癖をつけてくるから、かなり鬱陶しいんだ。親父も快く思っていない」

「なるほどねぇ」

「本質をついた真面目な議論であれば、誰も文句は言わない。ただ何ていうのか……自分の地位とか立ち位置とかを高めるために、周囲の注目を集めようとする感じなんだよ。そこに商売の宣伝道具に利用しているような意図を感じるんだ」

「ふうん……そんな世界なんだね」

「すまない。言っても仕方なかったな」

「そんなことない。大丈夫、誰にも言わないから」

「ああ、そうしてくれ」

 話題を変えたほうがよさそうだ。