授業が終わった。

「華恋、帰ろー」
 柚葉が声をかけてきた。

「うん、帰ろっか」

 2人で教室を出ようとして、ちょうど宝生君の席の後ろあたりを通ろうとしたとき……

「宝生君」

 鼻にかかった甘ったるい声が聞こえた。
 この特徴のある声。
 美濃川(みのかわ)さんだ。

「宝生君、あのね、これから皆でカラオケに行くんだけど……いっしょにどうかな?」

 私と柚葉はその声を聞きながら、教室の外に出た。
 私が歩いてそのまま行こうとすると、柚葉が私の腕を引っ張って止める。
 驚いて振り返ると、柚葉が唇に人差し指をあてていた。

「いや、行かない」

「そっか。えっと……都合がわるいのかなぁ? い、いつか都合がいい日とか、あるかな?」

 教室の中から宝生君と美濃川さんの会話が聞こえる。
 私は首を横に振って先を急ごうとしたけど、柚葉が私の腕を引っ張ったまま離してくれない。

 それにしても、美濃川さん、必死だな。
 宝生君は怖いくらい無関心なのが、声から伝わってくる。

「いや、そうじゃない。興味ないだけだ」

「そ、そう? じゃあカラオケじゃなくって、ボーリングとかは」

「帰る。じゃあな」

 宝生君が椅子を引いて、立ち上がる音が聞こえた。
 それを聞いて、私と柚葉も慌てて歩きだした。

        ◆◆◆
 
「いやー、でも美濃川さん必死だったね」 

 学校からの帰り道、柚葉はちょっと笑いながらそう言った。
 美濃川絵里(みのかわ えり)さんは、市内に11店舗を有する老舗の和菓子屋さん「美濃川総本家」の社長令嬢だ。
 宝生君ほどではないが、裕福な家庭であることには間違いない。
 おまけにそのお父さんは、わが英徳高校のPTA会長様だ。
 そういう背景も関係あるのか、彼女のまわりには取り巻きのような存在の女子生徒も何人かいたりする。

「もう……盗み聞きはよくないよ」

「まあまあ。でも皇帝様、取り付く島もなかったね」

 ファンクラブこそ存在しないようだけど、当然宝生君のファンは多い。
 というか、もう大半の女子生徒がファンであると言っても過言ではない。
 そのなかでも美濃川さんは、あからさまなアプローチを続けている強者だ。

「宝生君も、もっとやんわりと断ればいいのに」

「あれがいいんだよ! あのオレ様的な感じ? でもまあ美濃川さんみたいにケバい子は、タイプじゃないのかもしれないね」

 ライトブラウンの髪に軽いウェーブをかけている美濃川さんは、学校でも必ずメイクは欠かさない。
 柚葉いわく、一重まぶたをアイライナーで強引に二重にみせて、ビューラーで睫毛をカールさせているらしい。
 小さな目がコンプレックスらしいが、涙ぐましい努力だ。
 制服のブラウスはタイトめで、膝上スカートは極端に短い。
 まさにギャルの王道を行くルックスだ。

 宝生君は、どんな女の子がタイプなんだろう。
 この間ちょっと言ってたけど、過去の付き合ってた人ってどんな人だったんだろう。
 私はそんなことを考えて、少しモヤッとした。

「まあでも、難攻不落なんだろうなぁ。誰かとデートしているところなんて、想像もできないや」

「……そうだね」

 デートじゃなかったけど……私は柚葉に心のなかでゴメンと謝った。
 
 学校からの最寄り駅に着くと、私は柚葉と別れた。
 柚葉とは電車が逆方向。
 私は今日、バイト先に直接行く日だ。

 電車の中で、スマホが震えた。
 Limeのメッセージだ。

 宝生君:明日暇か? またマクドへ行かないか? アップルパイが食べてみたい。

 噂をすれば……
 宝生君からのお誘いだった。
 私はなんだか少し、罪悪感を覚えた。
 でも……

 華恋:いいわよ、明日はバイトもないし。この間のマクドにする?

 楽しみとワクワク感の方が、遥かに上回っていた。
 私は速攻で返信していた。