ピーンポーン
インターホンを押す。
あれから少し。私は走りに走って、先生から教えてもらった成瀬の家についた、のだが。



「おっきぃ....!」





豪邸だった。


(なんか窓もうちよりピカピカしてるし、門もゴージャスだし...!私のような庶民が来ていいところなのかな....?)


そう考えていると、インターホンから見知った声が聞こえる。



《はい....》
少しかすれた成瀬の声。


「え、えっと、水瀬です...!プリント、届けにきました....っ!」
相手は成瀬なのに、緊張して声が震えてしまう。
《.....え。師匠?...え、え?ぇ、師匠⁉︎》

拍子抜けしたような声。
相当驚いているらしい。

「あ、はい、師匠です...?」

そう答えると。



ガタガタガタッ

インターホンごしに、すごい音が聞こえた。



「え、成瀬?だっ、大丈夫っ⁉︎」





《....一応、無事。今からそっち行く》



ブツッ


(切れた.....)
ものが倒れたのかな?、と首を傾げながら成瀬を待つ。

すると、バタバタバタバタっと音がして、玄関が開き、成瀬が出てきた。

「し、師匠.....」

「はい......」

「一週間ぶりだね」

「うん...」




シーン





会わない期間が長かったからか、何を話せば良いのかわからない。
プリントのこととか、テストのこととか、話すことは色々あるのに。



時間が制止したように、どちらも喋ることができなかった。



(き、気まずいっ)

雰囲気に耐えられなくて、私はカバンに手をやる。

「......あの、プリントを」

ファイルの中にあったプリントたちを取り出そうとしていた手を、突然ぎゅっと握られた。

「っ⁉︎」


「ずっと聞きたかったんだけどさ」


「.....」




「師匠。.....なんでこなくなったの」


「!」
成瀬が私の目をじっと見つめてくる。
何もかもを見透かしていそうな目。


「そ、れは.....」

(成瀬にキスしちゃって、恥ずかしかったから、なんて言えない、っ)
戸惑ってうんともすんとも言えなくなる私。


「言えないってこと?」
成瀬は、そう聞いてくれるけれど。

その言葉にも返す返事がなくて、黙ってしまう。
成瀬がイライラしているのが目に見える。

「ちっ」

ビクッ
舌打ち....っ。





(成瀬、怒ってる)
怖くて、体が震え出す。


(きっと、私が図書室に行かなくなったからだ....)
私が、勉強を教えなくなったから。
「ねぇ、師匠」
いつもより低くて怖い声。

いつも明るくておちゃらけてる“成瀬”。




でも、今、前に立っている成瀬は“成瀬”じゃないみたいで。

「あのっ、ごめっ....」

「キスまでしといて逃げるなよ」

言葉をさえぎられる。
私を見つめてくる成瀬の視線が鋭くて、怖い。

「なんでキスしたの」
核心をつく質問。



私は、震えながら答える。


「勉強の、や、やる気がっ、出ればいいなっておも、ったんだけ、ど.......。嫌なことしちゃってごめん......っ」

「.....そういうことか」

落ち込むようにため息をつく成瀬。





(や、やっぱり....)
“キスしたらやる気でる”って言うのは、は冗談でだったんだ.....。





成瀬は、本当は嫌がってたんだ。



なのに、私は、それに気づかずに、キス、しちゃって.....っ。









成瀬に申し訳なくて、そして、なぜかとても悲しくて。


(このモヤモヤは、なに....っ。わからないよっ)


初めてのこの気持ちは、よくわからなくて、扱いにくい。









自分でもよくわからなくて混乱する。


「ご、ごめんねっ、これ、プリント!」
成瀬に先生から預かったプリントを押し付けて、走り出す。





私がこんなんじゃ、成瀬とはもう、会えない。

というより、多分私は、成瀬に嫌われてしまっている。
私は弱虫だから、成瀬のところに謝りに行く勇気さえない。

(成瀬とは、もう、会えないし、勉強はできない.....)

そう思うと、胸が張り裂けそうだった。









もしかして、これは—————————.....。






《side 成瀬》

「......はぁ」
走り去る師匠の背中を見つめ、俺はため息をつく。


...........師匠に逃げられるの、二回目だな。
まぁそれは、俺のせいなんだけど。


師匠、怯えてたな。俺、師匠がキスしたことの真意を知りたかったから聞いたんだけど。
師匠を怯えさせてしまう自分にも腹が立って舌打ちまでしちゃったしな。




............やっぱ俺、師匠に嫌われてんのかな。
最初に勉強教えてくれって頼んだ時も、顔歪めてたし。



師匠と勉強、できなくなるのか。



玄関のドアを開けると、あいつが声かけてきた。

「あんた、なに落ち込んでんの?」
キンキンと響く声。
こいつは、俺の彼女———ではなく、姉貴。
俺とは違う父親似の茶髪をくるっくるに巻きながら、ニヤニヤ顔で見てくる。

これから彼氏とデートだそう。
「私の彼氏、かっこいいの〜」と言って百枚くらいある彼氏の写真を全て見せてきた。
目がめっちゃチカチカしたし、自慢してくるのがうざったらしい。



姉貴は、近づいてきながら、俺の手元のプリントを見て笑った。

「意中のあの子にフられたの?」
「うるさい」
「あれ?あたり?」

こいつ.....!いつも俺に関心ないくせに、こういう時だけ鋭いんだよな。



ギロっとにらんでやってやったら、「おお怖い」とおどけて身を引いてみせる。




そしておおげさに顔をしかめて言ってくる。
「あぁ、その子が可哀想だわぁ」


「あ?」


「あんたさぁ、ちゃんと言いなさいよ?」


(どういうことだよ)

「あんた、口足らずなんだからさ」



自分が上手く伝えられないことなんてわかってる。


師匠にだって、俺の気持ち、ちゃんと言えてないし。


俺が黙りこくっていると、姉貴ははぁとため息をつく。
そして、言った。


「そんで、あんな過去なんて忘れちゃいな」
姉貴の顔はいつになく真剣で。
だからこそ、無性にわからされる。
俺が、まだあのことを引きずっているって。

心から忘れたいし、もう思い出したくもないのに。




—————————頭から離れない。
あのことは、師匠には、知られたくない。