「ねー、わかんなーい、ししょー?」
「....」
「ねぇ聞いてる〜?」
「....」
「....写真、拡散するよ」
「はい!なんでしょうか♡」
「わー、ししょー、単純すぎ〜」

(ゔぅ....!なんで私がこんな目に....!)

———事の始まりは一週間前。
私が成瀬の勉強を教える“師匠”になったことがきっかけ。弱みをつかまれて、おどされてるから、勉強をちゃんと教えないといけないんだけど。記念すべき(?)一日目には、まさかのおでこにキスされるし。

私には、成瀬が何を考えてるのか、本当にわからない。
....でも、それより困っているのは。
「師匠〜?ちょっと休まない?」
「ダメ!」
「えぇ〜?」

口をとんがらせながら問題をとく成瀬を見て思う。

(一日目からどんどんやる気が落ちている.....?)
一日目は結局、参考書一冊を読破。
二日目は問題集を5ページほど。
三日目は4ページ。
四日目は3ページ。
五日目は2...と毎日少しずつ減っていって。


なんと今日はまだ1ページも終わっていないのだ。

(このままじゃ、成瀬、退学じゃん....)

危機感を覚えた私は、成瀬にやる気を取り戻してもらうことにした。



「成瀬、どうやったら頑張れるの?」


期待をこめて聞く。

そんな期待に反して。





「う〜ん、師匠がキスしてくれたら?」


「は?」
いつものニヤニヤ顔で私を見つめてくる成瀬。


(こいつ...!!からかってやがる....!!)
よ〜し、それなら!!
勇気を出して成瀬の手を引く。
「わ、」
成瀬のおどろいた声。私はそれを聞きながら優越感にひたって....。

ちゅ

成瀬のほっぺたに唇を押しつけた。

「⁉︎」

成瀬はシュパッと手をふり払って私から遠のく。

「え、っと....。やる気、出た.....っ?」

今更だけど、気恥ずかしくて、私は下を向いた。


(ほっぺにキスとか....!恥ずかしかったけど⁉︎めちゃくちゃ恥ずかしいけど⁉︎.....成瀬、おどろいただろうなぁ)

こしぬけたんじゃ、と少しニヤニヤしながら上を見上げると。

「え」
「〜〜〜〜ッ⁉︎」
成瀬の白い肌は綺麗なくらいに鮮やかな赤色に染まっていた。状況を飲み込めていないのか、ほっぺたを手で押さえて、目を見開いている。

「え?成瀬、まさか....」
成瀬の顔をよく見ようと、ほっぺたに当てられた手をどけようとする。


「...〜っ!」
でも、成瀬は私の手から逃げるように背を向けてしまった。


もしかして。
「成瀬.....照れてる?」
すると、成瀬の耳が見たことないほど真っ赤に染まる。


(うそでしょ。成瀬、恋愛経験多いと思ってたのに.....?)





その瞬間、成瀬はバッと振り向いたかと思うと、私をギュッと抱きしめる。





「え、ぇ、え」

「....〜〜ッ、そ、そうだよ、照れてる、自分がわからなくなるくらい」

耳元でボソボソとささやかれる。







(うわぁ、近い近い近い近い近いーっ......!!)

きつく抱きしめられていて、私の位置からは成瀬の表情はわからない。

それなのに。


ドキン ドキン ドキン


成瀬の胸の鼓動がうるさいくらいに激しくて。


(〜〜っ!)

私の体温も上がっていく。

それとともにやっぱり、ドキン、ドキンと鼓動が激しくなっていった。


(こ、このままじゃ、マズい....!ドキドキしすぎて、心臓が壊れそう....!!)

「な、成瀬....」

「....」

「は、は、離して....?」

「やだ」

「なんで、...んっ⁉︎」



嫌がるように、ハグをきつくする成瀬。
「成瀬っ、く、苦しいっ」
すると、すぐに腕が緩められる。


(こういうとこ、優しいんだよな...)


ありがとう、と言おうと上を向くと。


「....見ないで」
私の視界は成瀬の手でふさがれた。


「え?」






「....今、顔赤いから、見ないで」
今度ははっきりと聞こえた成瀬の声。

ふさがれた指の隙間からちらっと見えた成瀬の顔は先ほどよりも赤かった。

その顔がなんだかすごくかわいくて、胸が高鳴る。

成瀬の熱い手が、私の額に当たっている。

それだけで、ドキドキして。






....どれだけそうしていただろうか。


(だ、ダメだ、これ以上は....!!)



心臓がもたないっ!






「ご、ごめんっ、成瀬、今日は帰るねっ」
ふさがれていた成瀬の手をどけて、私はカバンを持ち、図書室から逃亡した。



校門を出てから、私はまだ騒がしい胸に手を当ててみる。

(このドキドキは....)

もしかして....。

不整脈なのか....?






《side成瀬》



「....」
師匠が走って帰った後。
俺は、図書室の扉を見ながら、呆然としていた。


(冗談で“キスしてくれたらやる気出る”とか言ったけど。本気でやると思わねーだろ....)


...それにしても、あの時の師匠の真っ赤な顔。




「.....ずるすぎ」



理性崩壊しそうだった...。





っていうか。俺のあの情けねー顔。


師匠、見ちゃったか...?


頬にキスされた時、頭の中が爆発しそうで。状況を飲み込んだ時、嬉しいとともになんか恥ずかしくて。


こんなにドキドキするのは。







...師匠だけで。


「....帰るか」
(やっぱり、俺...)

理解したこの感情は。多分、師匠に伝えることはないだろう。

....俺に、そんな権利なんてないから。





第五話 雨と過去とつながりと

(昨日、恥ずかしくて走って帰っちゃった....)
六時間目のチャイムをききながら、昨日のことを思い出す。
「.....今日、ちょっと恥ずかしいな」
(あんなことしちゃって、嫌がってるかもしれないし)
昨日のこともあって、図書室に向かうのが少し怖くなる。
「....今日は、休もう」
私は、成瀬のために作ったプリントを隣の席にすべりこませる。
(これで、勉強はできるはずだし...。いいよね...)

この日をきっかけに、私は図書室に行かなくなってしまった。


  ♡*.゚𓂃𓂂◌𖤐⡱ ⋆⁺₊⋆❤︎⋆⁺₊⋆ 𖤐⡱ 𓂃𓂂◌ *.゚ ♡

成瀬との勉強会に行かなくなってから一週間。

 
「わ、雨っ⁉︎」

昇降口を出ようとすると、外は大粒の雨が降っていた。

(天気予報では“晴れです”って言ってたから、傘は持って来てないよ...)



澪は、部活だし、一緒に帰るわけにも行かない。



どうしようかと途方に暮れていると。







「ん」
聞き慣れた声とともに、顔の前に黒い傘が差し出される。


 
「えっ?」


横を見ると———成瀬だった。
久しぶりにみる成瀬はなぜか少しぶすっとした顔をしていた。



「....使え」

「え、でも」
(成瀬も使うはず....)




私の心配をよそに、
「じゃ」
と、言い残して走っていく成瀬。
(これじゃあ、成瀬が濡れちゃうのに)




心配になる一方、あったかくて嬉しい気持ちがどんどんふくらむ。

「ふふっ」

私は思わず笑ってしまった。
(成瀬の優しいとこ、良いなぁ...)

そして、黒い傘をさしながら、どしゃぶりの雨の中をスキップして帰った。

次の日。
今日も相変わらず成瀬はお休みだった。

放課後。教室を出ようとしていた時のことだった。


「水瀬さん、お願いがあるんだけど、良いかしら?」
と、担任の佐伯先生に声をかけられた。
首をかしげながら、「どうしたんですか?」と聞いてみると。


「このプリント、成瀬くんに届けてくれるかしら?」


(え?成瀬に?)




「は、はい....。でも、なんでですか?」

(いつもは机の中にいれたままなのに....)

机からはみ出ている、チラシやら、テストやらを思い出す。



私の疑問をさとったのか、先生は言った。

「.....成瀬くん、風邪みたいなのよ」
「えっ」


(成瀬が、風邪....⁉︎)

もしかして。
(昨日、私に傘を貸したから...?)





「だから、最近仲のいい水瀬さんにお願いしようと思って」
「わかりました...」


後悔する。
あぁ、昨日、傘を借りるんじゃなかった....。
(どうしよう、私のせいで、成瀬が....)
先生から受け取ったプリントを手に、私は成瀬の家へと駆け出した。