キーンコーンカーンコーン
帰りのチャイムが鳴り響く学校で私は図書室へと突っ走っていた。


途中、道ゆくクラスメイトが、聞いてくる。


「理真ーっ、どこ行くのー?」


「え、地獄!」


「は?」


あぜんとしている友達を尻目に、わき目もふらず、私は足を動かした。
(やばい、やばい!間に合わない!)
「〜〜〜っ」


(なんで、三時半にわざわざ図書室で待ち合わせなのーーっ!同じクラスじゃん⁉︎)

なぜだか、うちのクラスから一番遠い図書室で勉強をしようと言ってきた成瀬。

反論したけど、それこそ、私のダサい写真で説き伏せられてしまった。


(うわ〜ん!もう嫌っ!!)

心の中で成瀬に悪態をつきながら、階段をかけ下り、やっとこさ図書室についた時には。

時計は三時半をすぎていた。

(げ、絶対怒られるーっ!!)

おそるおそるドアを開けると。


図書室の机の上にあおむけになって寝ている成瀬が。
(つ、机の上で寝る人、初めて見た....!)

そろそろと近寄ってみる。





「わ....」


(うるわしい.....)


つい、そうおもってしまった。

サラサラの黒髪は窓から差し込む光にキラキラと反射し、寝顔は無邪気な少年のようで。



ほんとにちょっとだけ、見惚れてしまった。


................やっぱり成瀬は綺麗。

(....って、起こさないと!!)
あわあわしながら、成瀬の肩をたたこうとすると....。





「わ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁあっ!」
いきなり成瀬が飛び起きて、私は大慌て。


「びっくりした?」


とってもびっくりしたよ!!!
(かわいくない叫び声だしちゃったし...!!)

恥ずかしさで震えている私の横で、成瀬は「あはは」と笑っている。



「お、起きてたんですか⁉︎」

「うん、師匠が怯えながら入ってきたところから」

「けっこう前から起きてたんじゃんっ!!」
(じ、じゃあ....見惚れてたのも、バレてた⁉︎)
「あの....全部見てた?」

聞いてみると。
成瀬はニヤッとして。


「あの熱っぽくてやらし〜視線のこと?」
「うわぁぁぁぁぁあっ!!」

顔がボッと熱くなるのがわかる。
(ゔぅ...!)


恥ずかしさを隠すように、早口で言う。
「さ、さあっ!べ、勉強しないとだわっ!」
「だわ?」
「うるさいっ」

いちいちツッコミをいれてくる成瀬をいっかつして、持ってきていた参考書をバンッと机に置く。





「よし!成瀬、これ、読むよ!」

参考書を取り出した瞬間、成瀬の顔が歪んだ。


「え、師匠....?これ、全部...?」


「うん、そうだけど?」






「マジか....」


(参考書が5冊だけど....そんなに多いかな?)

絶望したような顔をしている成瀬を見て、不思議に思う。




「ねぇ師匠、これ、一冊にしとかない?」



「え、ダメダメ!私、これで点数上がったから!」


(毎日5冊読まないと、知識がおとろえちゃうからなぁ)




「じゃあさ〜、俺、知識はあるから読まなくて良いよね?」

成瀬は、自信満々に言ってくる。

確かに、知識があれば参考書はいらないけど。

私、成瀬の知識量、知らないからなぁ。



...............そうだ!!

「じゃあ、テストしてみよっか!!」




「は??」



「成瀬の知識、知りたいっっ!!」
カバンに入れて持って来た小テスト用紙を取り出す。



「これ、私の勉強で使おうと思ってたけど、成瀬にやってもらうねっ!!」

成瀬の持ってる知識量、やっぱり知りたいし。
小テストをにらみながら、成瀬は早口で言ってくる。
「テストしなくても、知識はあるから!」

「でも、確かめないと」


「いやっ、確かめなくてもわかるし」

「ん〜と、わかるのを、確かめたいんだ。成瀬、協力してくれる?」

なぜか苦い顔をしている成瀬を不思議に思いながら、小テストを渡す。
「はい、これ解いて」
渋々シャーペンを取り出す成瀬。
テストを解き始めたのを見計らい、私は成瀬の隣で、自分の勉強を始めた。

 
  ♡*.゚𓂃𓂂◌𖤐⡱ ⋆⁺₊⋆❤︎⋆⁺₊⋆ 𖤐⡱ 𓂃𓂂◌ *.゚ ♡


十分後。

「....成瀬」
「なぁに?師匠!」
「...嘘じゃん」
「....」
スッと視線をそらす成瀬。
(“知識ある!”ってあんなに自信満々に言ってたのに!)

私の手には、成瀬が解いた小テストがある。
「ねえっ!!」
「....すいません」




「0点なんだけど⁉︎なんで⁉︎」



「あはっ⭐︎」

「ごまかすなっ!」
(さっき丸つけをしたら、全部間違ってたなんて...)
基本中の基本の2桁の掛け算すらままならなかったなんて....。

私は、真っ赤なペンでペケばかりがついた答案用紙を机に置く。
(やっぱり成瀬には、厳しい授業が必要だな...)

はぁ、とため息をつきながら成瀬を見つめる。

「やっぱり参考書だね」
「却下」
「読まないと退学だよ?」

嫌がり続ける成瀬を少しおどしてみる。


「....参考書は嫌。他の勉強ないの?」
「私、参考書しか持ってきてないや」
「ヤダ」
「えぇ?でも」
私はこれで勉強したんだよ。



そう反論しようとした瞬間。



ぐいっと手を引かれて、壁に押し付けられた。

ドンッ




「え、成瀬....?」

成瀬は私の耳元に顔を近づけてくる。



「ねぇ、師匠....?ヤダって言ってるでしょ?」
「...ッ⁉︎」



つややかな声でささやかれて、体が震える。




「参考書とか、くそくらえだし」






そんなことをぶつぶつと言う成瀬の息が、耳に入ってきてくすぐったい。



「やっぱさぁ、参考書とかやめない?」





「で、でもっ、さん、こう、しょが....」



一番効果的なんだよ.......っ!!





「他の勉強しようよ....?」



そう言って誘惑してくる成瀬。








でも、参考書がどうとかってことよりも。


どうしよう。近すぎる....っ!!





私の頭の中では、今の状況を把握することで精一杯だった。





ドクドクと波打つ心臓。


「あれ?師匠?顔、真っ赤だね?」



あでやかな目で見つめられて、どきどきする。








成瀬の瞳は深く、澄んでいて、私を捕まえて離さない。





なんでも見透かしてしまいそうな目。




(っ、飲み込まれそう...っ!)







耳には、私たちの微かな息しか聞こえなかった。




あぁっ!!近すぎる近すぎるっ!!









私って、なんでこうなったんだろう⁉︎

まず、ここになにしにきたんだっけ⁉︎





頭をフル回転して考える。





そうだ。






私は、成瀬にっ、勉強を教えにきたんだっ!!!!








「な、成瀬...っ!!」

我に帰って私は成瀬を突き飛ばす。




成瀬はそのまま後ろに倒れて........。

次の瞬間、ゴツンッと棚にぶつかってしまった!



「痛っ」

叫ぶ成瀬。







(は、派手に突き飛ばしちゃった...!)


気づいても、もう遅い。


後頭部を押さえながら起き上がった成瀬は、顔をしかめていた。

「ご、ごめん....」

「....痛かった」

「ゔ、ほんとにごめん....」

(すごい音してたし、めちゃくちゃ痛そう)
とても申し訳なく思いながら、私は成瀬を見つめる。






「ゔぅ...」といいながら、成瀬は頭を抱えてしゃがむ。

思わず、私もしゃがんで、顔を覗くと。



「捕まえた」
「わっ」
またもや、ぐいっと手首を引っ張られて。



目を開けると、視界は成瀬でいっぱいだった。


ニヤッと悪い顔の成瀬。
(ち、近すぎない...⁉︎)
またもや、鼻と鼻がぶつかりそうなくらいの距離。
ゆでだこみたいになって、口をぱくぱくさせている私の前で、成瀬は言った。






「この怪我の責任、とってくれるよね?師匠?」

よくわからないけど、確かに私が突き飛ばしちゃったし。


責任取らなきゃだよね.....。



「う、うん......?責任、とる」
と、頷いた瞬間。





おでこに、なにか柔らかいものがあたる。








「え?」
これって。








(キスされた...っ.⁉︎)







「な、な、なにを...っ⁉︎」
慌てておでこを手でおさえる。もう頭がゴチャゴチャで、体温は上がっていくばかりだ。




「な、なんでっ!!」


「ちゃんと言質はとったよ〜??」

ヘラヘラと笑いながら成瀬は言う。


一方の私は、オオカミに捕まりそうな羊の如く、震えていた。......恥ずかしさで。



成瀬は、そんな私をからかうように笑う。
そして、言った。
「怪我のお代は高いから」

(私、やっぱり、やばいやつにつかまっちゃってる———っ⁉︎)



前途多難だ..........っ!