月子は保育園の園長である門脇に手を引かれて歩いていた。長時間新幹線に乗り、私鉄に乗り換える。その間も月子はずっと黙ったまま車窓を見つめていた。

 今日から新しい家と家族が出来るのだと聞かされていたが、突然母親と引き裂かれた心の痛みはいまだに消えず、月子はずっと殻に閉じこもったままだった。

 緊張しているわよね……知らない街、知らない人の中へ、こんな小さな子が一人で飛び込むのだもの。

「あのね、月子ちゃん。これから行くおうちはお寺なの」
「お寺?」
「そう。たくさんの仏様たちがきっと月子ちゃんを守ってくれるわ。それに……ソフィアさんという方はね、月子ちゃんのお母さんと仲良しだったんだって。あなたのことを話したら、一緒に暮らしたいと言ってくれたのよ」
「ソフィアさん……?」
「えぇ、イタリア出身の方なんだけど、日本とイタリアのクォーターなんですって。だから日本語がペラペラなのよ」

 月子は驚いたように目を見開いた。

「お母さんってお友達がいたの? いつも月子とばっかり遊んでくれたから……」
「そうね……それはお母さんが月子ちゃんが大好きで、一緒にいたいって思ったからだと思うな。それにソフィアさんには月子ちゃんと同じ年の男の子がいるんですって。楽しみね」

 門脇は微笑んだが、月子は不安そうに俯いた。

「……月子、ちゃんと仲良くなれるかな? 男の子っていつも怖いんだもん……」
「きっと大丈夫よ。月子ちゃんはお母さんに似て優しくていい子だもの」

 寺の門で月子は一度しり込みしてしまうが、気を取り直して山門へ足を踏み入れる。すると不思議なことに、体が軽くなったような気がした。

 歩いていくと、昔ながらの横開きの扉の前で新藤家全員が立っていて、月子を出迎えてくれた。中でもブラウンの髪と瞳を持つ女性が月子を見るなり涙を流し、しゃがみ込んで彼女の体を強く抱きしめた。

「月子ちゃん! 今まで大変だったね……ここが今日からあなたの家だから安心してね!」

 その手の温かさ、自分に向けられた優しい言葉に安堵したのか、月子は母の死後、初めて声をあげて泣いたのだった。