養護教諭の許可をもらい、丈太は月子をベッドにそっと寝かせたつもりだったが、月子はゆっくり目を開けた。

「あっ、起こしちゃったか?」

 布団の感触と丈太の穏やかな話し方が、目覚めたばかりのぼんやりとした月子に、先ほどまでの出来事が夢か現実なのかを錯覚させた。

 丈太はベッドに腰かけると、月子の頭を撫でた。

「大丈夫か? なんか笑った気がしたけど、いい夢でも見てた?」
「……私ね、夢の中でお父さんとお母さんを見たの……」
「へぇ、どうだった?」
「なんかね……映画みたいだった。二人の出会いと別れがあって、一緒にいた時間はそんなに長くはないと思うんだけど、二人はすごく通じ合っていた気がする……」
「そうだろうな。じゃなきゃ月子はここにいないだろ? きっと深く愛しあったんだよ」
「お母さん、よく私の顔を見て『お父さんにそっくり。月子が産まれてくれたから、お母さんいつでもあの人に会えているような気持ちになる』って言ってたの」
「あぁ、確かによく似てるよな、月子とお父さん」

 頷く丈太に、月子は驚いたよな目を向ける。

「えっ、ど、どうして丈太がお父さんのことを知ってるの⁈」
「ん? いや、さっき来てたし。今はどこかに行っちゃったけど」
「何それ⁈ あっ、そういえばアザエルは⁈」
「今それを聞く? 遅くね?」

 その瞬間、月子のキックが丈太の腹にヒットしたため、丈太はベッドに勢いよく突っ伏した。それを見ていたアーロンが、呆れたようにため息をつく。

「丈太、さっきアザエルに忠告されたばかりでしょう。もう少しわきまえなさい」
「アーロン神父!」
「大丈夫ですか? とりあえずアザエルの件は円満に終わりましたよ」
「本当ですか? 良かった……でも何があったんですか?」
「まぁ簡潔に言えば、あなたはアザエルが探していたものではなかったということ。十二年前のあの日に月子から放出されたエネルギーに、彼は希望の光を見出してしまったんです。この先も彼がそれを見つけることは叶わないと思いますが……」

 彼が探していたのは、自身が人間と交わってもネフィリムを造らない方法。或いはネフィリムを人に戻す方法。それほどまでに彼は人間を愛したということだろう。

「とりあえずアザエルは帰還しましたが、月子の身の安全が保証されたわけではありません。これからもあなたの血の匂いを嗅ぎつけてくる奴らがいるかもしれない」
「だけど何かあったらアザエルが助けてくれそうじゃん。強力な後ろ盾ってやつ?」

 丈太の言葉に、アーロンは厳しい顔を向けた。

「悪魔の言葉を簡単に信じてはいけませんよ。彼らは簡単に裏切る。今日は良くても、明日には手の平を返すかもしれない。一人にバレたのです。これからは今まで以上に気を引き締めてくださいね。わかりましたか?」
「は、はい!」
「へーい」
 
 アーロンは丈太を一瞥すると、再び大きなため息をつく。そして疲れた表情を浮かべると、二人を残して保健室を後にした。