月子は光の中をゆっくりと進んでいく。

 これは夢? それとも私、死んじゃったのかな……。

 それから突然光が失われ、瞼の奥が真っ暗になった。月子がゆっくりと目を開けると、全く知らない町が広がっていたため、驚きのあまり両手で口を押さえた。

 月子は古びたアパートの前にいた。子供の頃に母と二人で住んでいた場所に似ていたが、あそこは周りにはこんなにたくさんの建物は立っていなかった。

 ここはどこなんだろう……首を傾げた時、アパートの二階からバンッという大きな音が響いた。

 慌てて二階を見上げると、一番左端の部屋の扉が大きく開いていた。中からは明らかにガラの悪そうな男が不機嫌そうな顔で出て来る。

「ちょっと待って……! お願いだから返して!」

 その後ろを女性が男の服を掴むように飛び出してきた。

「それは今月の支払いのためのお金なの!」
「うっせーな!」

 男は縋りついた女性の手を何度も振り払い、とうとう手を上げた。その瞬間女性の体は勢いよく階段から落ちて行く。

 月子は慌てて近寄ろうとしたが、体が宙に浮かんだまま、それより先には進めなかった。

「テメーがいけねぇんだろ⁈ いい加減にしろよ!」

 階段下でうずくまる女性を放って、男は立ち去ってしまった。

 女性はゆっくりと立ち上がると、階段の手摺りに寄りかかりながら部屋へと戻る。立っているのさえも辛そうだった。

 ふらふらしながらカバンを持って再び部屋から出てきた女性の顔を見た途端、月子の目から大粒の涙が溢れ出した。それは紛れもなく母の陽子だったのだ。
 
『お母さん!』

 しかし声は届かない。月子はそのまま母の後をついて行く。

 どこに行こうとしているんだろう……。病院? それとも警察? そう考えていると、陽子が道路脇に崩れ落ちた。

 駆け寄りたいのに、この世界の住人ではない月子にはそれが出来ない。

 だが月子の代わりに駆け寄る人の姿が見えた。

「大丈夫ですか⁈」

 倒れた陽子に声を掛け、彼女の体を抱き上げた男性はとても美しい銀色の髪で、黒い服に身を包んでいた。

 あぁ、この人に間違いないーー直感でこの人こそが父親であると悟った瞬間、月子は眩い光に包まれた。