丈太と月子が教室に足を踏み入れた時だった。まるで爆竹が弾けたような音が響き渡り、二人は思わず目を閉じた。

 再び目を開けると、先ほどまで賑わっていた教室から生徒が一人残らず姿を消し、まるで二人だけが別世界に飛ばされてしまったような静けさに包まれる。

「どういうことだよ……なんで消えたんだ……?」
「私にだってわかんないよ……」

 丈太が窓の方へ駆け寄ろうとした時だった。

『何故かって? それは私が君たちをここに呼んだからだよ』

 丈太と月子はただならぬ気配を感じて振り返ると、誰もいなかったはずの後方の椅子に、大柄な男が一人腰を下ろしていた。長い黒髪に、全身黒い服を身に着け、足を組んだまま二人を観察するかのようにじっと見つめる。丈太は月子を背後に隠すように立った。

「あんたがアザエルって悪魔か……」

 男は口元にうっすらと笑みを浮かべる。

『そう……よく間違えられるんだが、正確には堕天使のアザエル。私が用があるのは、どうやらそちらのお嬢さんのようだ。あぁ、やっと見つけたよ。まさかこんなに時間がかかるとは思わなかったがね。さて……君は邪魔だからどいてくれるかな?』

 アザエルが言ったその瞬間、丈太の体が勢いよく飛ばされ、激しく壁際に打ち付けられる。

「丈太!」

 月子は慌てて駆け寄ろうとしたが、突然体の自由を奪われ、自分の意志で動くことが出来なくなる。視線だけ丈太に送るが、彼は壁に寄り掛かったままピクリとも動かない。

 アザエルはゆっくりと立ち上がると、月子の前に立つ。そして怯える月子の顎をグイッと掴むと、長い爪で頬に傷をつけた。

「やめろっ……! 月子に触るな!」

 月子の頬を一筋の血が流れると、アザエルは興奮した様子で鼻息を荒くしながら、その血の匂いを吸い込んだ。