吉野くんに連れられ、部屋の隅に移動させられる。その顔に、笑顔は少しも残っていなかった。
「なんでお前がここにいるんだ」
「なんでって、私はたっくんのお迎えに来ただけだよ」
なのにこうして吉野くんに問い詰められるなんて、それこそなんでだよ。
「たっくん? あの子、お前の弟か?」
「お姉ちゃんの子どもだよ。お姉ちゃんや旦那さんが仕事終わるの遅い時は、私が迎えにくるの」
「なるほど。つまりお前は、あの子のおばさんってわけか」
「おばっ……」
おばさんって、そりゃそうなんだけど、そんなこと女の子に堂々と言う?
「そ、そういう吉野くんこそ、どうしているの?」
「俺も、妹を迎えに来ただけだ」
吉野くんはそう言って、日向ちゃんを指差す。
「えっ。日向ちゃんって、吉野くんの妹なの?」
「ああ。吉野日向、俺の妹だ」
言われてみれば、日向ちゃんの顔つき、どことなく吉野くんと似てるかも。
あと、日向ちゃんってすっごく美少女感がある。
吉野くんはイケメンだし、その妹も美少女っていうのは、なんだか説得力があった。
「うちも、父親が帰ってくるのが遅いからな。毎日俺が迎えに来てるんだよ」
「そうなんだ」
それは確かに、私と似たようなものかも。
けど私と違って、吉野くんは毎日それをやってるんだ。
毎日日向ちゃんを迎えに来て、それから面倒を見る。
それってなんだか、すごく──
「楽しそう」
「はっ?」
意外そうな声をあげる吉野くん。
あれ? 違うの?
「吉野くん、子供の相手に慣れてそうだし、それに日向ちゃん、すっごく可愛いもん。だから、毎日一緒に遊ぶの楽しそうだなって思ったんだけど、違った?」
私なら大喜びって思ったけど、毎日ってなると大変なのかな?
だけどそのとたん、吉野くんの顔がパッと明るくなる。
「日向の可愛いさ、わかるか。そうだろそうだろ。将来はアイドルかモデルになれるんじゃないかって思ってる。って言うか、天使じゃねぇ?」
「そ、そう?」
「たっくん。あいつも、この保育園じゃ、日向が可愛いって誰よりもわかってるんだろうな。しょっちゅう一緒に遊んでるぞ。けど、そのうち日向の可愛いさをわかるやつが増えすぎて、余計なちょっかいかけてくるのが出てきたら困るな」
デレっとしながら日向ちゃんの可愛さを語ったかと思うと、真剣な顔で心配し始める。
さっき日向ちゃんやたっくんと遊んでいた時もそうだったけど、学校で見る吉野くんとは、まるで別人だ。
けど、それも長くは続かない。
ハッと我に返ったように息を飲むと、恥ずかしそうに顔を赤くし、それをごまかすように咳払いをする。
「……おかしいなら笑えよ」
「えっ?」
「どうせ、さっきの俺を見て、シスコンとか思ってたんだろ。その通りだよ。おかしいと思ったら笑えよ」
「それは……」
拗ねたようにプイッとそっぽを向く。
うーん。確かにさっきの溺愛ぶりを見ると、シスコンって言えなくもないかも。
「い、いいじゃない、シスコンでも」
「シスコンってこと、否定はしないんだな」
「うっ。それは……」
まずい。このままじゃ、また機嫌が悪くなりそう。
でも、シスコンでもいいっていうのは、本当だから。せめてそれだけでも伝えないと。
「そ、そんなこと言ったら、私だってブラコンだよ!」
「はっ?」
「いや、たっくんは甥っ子だから、ブラコンって言うのはおかしいか。と、とにかく!」
スマホを取り出し、中にある画像フォルダを吉野くんに見せる。
そこには、たっくんの写真が何枚も何枚も何枚も表示されていた。
「私が撮ったのだけじゃなくて、お姉ちゃんにも、可愛い写真があったら送ってって頼んであるの。暇な時は、これ眺めてニヤニヤしてるよ。けど、それが悪いなんて思ってないもん!」
走るたっくん。お昼寝するたっくん。友達と一緒に遊ぶたっくん。それらの写真を次々にスライドして見せる。
すると途中で、吉野くんが声をあげた。
「待て。今の写真、もう一度見せろ!」
「えっ?」
なに?
一度手を止め、言われた通り、見せていた写真をひとつひとつ順番に戻していく。
「それだ! もっとよく見せてくれ!」
吉野くんがストップをかけたのは、この保育園の砂場で遊んでいるたっくんの写真。お姉ちゃんが送ってくれたやつだ。
ただ、そこに写っているのは、たっくんだけじゃなかった。たっくんのすぐ横に、同じように砂遊びをする日向ちゃんが写ってた。
それを、吉野くんは真剣な顔で見ている。
「もしかして、日向ちゃんが写ってるの、まずかった?」
世の中には、他の人の写真に写り込むのは嫌って人もいるかもしれないし、吉野くんもそうなのかな?
「いや、別にダメだって言ってるわけじゃない。ただな……」
「ただ?」
「その写真、俺にもくれないか?」
えっ、そっち!?
まさかの言葉に驚くけど、たしかにこの写真の日向ちゃんはすっごく可愛くて、ベストショットって感じ。
これは、ほしがるのもわかる。
「いいよ。えっと、吉野くんのスマホに送ればいいんだっけ?」
「ああ、頼む」
吉野くんもスマホを取り出し、連絡先を聞く。それから写真を送ろうとしたけど、はたと気づいた。
今、吉野くんと連絡先交換したよね。
そりゃ、そうしなきゃ写真は送れないけど、吉野くんの連絡先って、ほしがる子はたくさんいそう。
そんな貴重なもの、アッサリ手に入れていいのかな?
「どうかしたか?」
「う、ううん、何でもない。今送るね」
さっきの写真を送ると、吉野くんは目を輝かせて見つめていた。
まあ、特に気にしていないみたいだし、いいか。
写真をひとしきり眺めた吉野くんは、私に対する視線も、だいぶ柔らかいものになっていた。
「写真、ありがとな。けど、その……今日見たこと、学校の奴らには言わないでくれるか?」
「シスコンだってこと?」
「ああ。あと、シスコンって言うのはやめてくれ」
「ご、ごめん」
いけない。せっかく機嫌が直ったのに、また逆戻りしちゃう。
「まあ、お前はそれでからかったりはしないみたいだけどな」
「し、しないよそんなこと! って言うか、吉野くんをからかう人なんているの?」
「いる。俊介だ」
「あぁ……」
俊介っていうのは、隣のクラスの大森俊介くんのことかな。
吉野くんとは小学校の頃からの友達で、彼にグイグイ話しかけられる数少ない人ってことで、何かと目立つ人だった。
「別にアイツは、悪気があって言ってるわけじゃなく、面白がってるだけなんだけどな。俺は、それが面白くない」
そう言った吉野くんは、本当に面白くなさそうに、クシャリと顔を歪めてた。
「う、うん。わかった」
「あとできれば、俺が毎日ここに迎えに来てることも秘密にしといてくれ」
「そこまで? 別にいいけど」
いくらなんでも、そこまで徹底しなくていいと思うけど、吉野くんがそう言うなら秘密にしておこう。
「さてと、そろそろ帰るか。日向ーっ!」
吉野くんが呼ぶと、遊んでいた日向ちゃんがテテテと走りながらやってくる。
たっくんも一緒だ。
「お兄ちゃん、もう帰るの?」
「ああ、そうだ。だから、ちゃんと挨拶するんだぞ」
「うん。バイバイ、たっくん」
「日向ちゃん、また明日ね」
日向ちゃんが手を振ってバイバイすると、たっくんもバイバイする。
それに吉野くんも、たっくんの頭を優しく撫でた。
「いつも日向と遊んでくれて、ありがとな」
もしかして吉野くん、日向ちゃんが可愛いってだけじゃなく、子ども全般が好きなのかな?
なんだかこの短い時間で、吉野くんの意外な一面をたくさん見た気がする。
ビックリしたけど、なんだか微笑ましかった。
「なんでお前がここにいるんだ」
「なんでって、私はたっくんのお迎えに来ただけだよ」
なのにこうして吉野くんに問い詰められるなんて、それこそなんでだよ。
「たっくん? あの子、お前の弟か?」
「お姉ちゃんの子どもだよ。お姉ちゃんや旦那さんが仕事終わるの遅い時は、私が迎えにくるの」
「なるほど。つまりお前は、あの子のおばさんってわけか」
「おばっ……」
おばさんって、そりゃそうなんだけど、そんなこと女の子に堂々と言う?
「そ、そういう吉野くんこそ、どうしているの?」
「俺も、妹を迎えに来ただけだ」
吉野くんはそう言って、日向ちゃんを指差す。
「えっ。日向ちゃんって、吉野くんの妹なの?」
「ああ。吉野日向、俺の妹だ」
言われてみれば、日向ちゃんの顔つき、どことなく吉野くんと似てるかも。
あと、日向ちゃんってすっごく美少女感がある。
吉野くんはイケメンだし、その妹も美少女っていうのは、なんだか説得力があった。
「うちも、父親が帰ってくるのが遅いからな。毎日俺が迎えに来てるんだよ」
「そうなんだ」
それは確かに、私と似たようなものかも。
けど私と違って、吉野くんは毎日それをやってるんだ。
毎日日向ちゃんを迎えに来て、それから面倒を見る。
それってなんだか、すごく──
「楽しそう」
「はっ?」
意外そうな声をあげる吉野くん。
あれ? 違うの?
「吉野くん、子供の相手に慣れてそうだし、それに日向ちゃん、すっごく可愛いもん。だから、毎日一緒に遊ぶの楽しそうだなって思ったんだけど、違った?」
私なら大喜びって思ったけど、毎日ってなると大変なのかな?
だけどそのとたん、吉野くんの顔がパッと明るくなる。
「日向の可愛いさ、わかるか。そうだろそうだろ。将来はアイドルかモデルになれるんじゃないかって思ってる。って言うか、天使じゃねぇ?」
「そ、そう?」
「たっくん。あいつも、この保育園じゃ、日向が可愛いって誰よりもわかってるんだろうな。しょっちゅう一緒に遊んでるぞ。けど、そのうち日向の可愛いさをわかるやつが増えすぎて、余計なちょっかいかけてくるのが出てきたら困るな」
デレっとしながら日向ちゃんの可愛さを語ったかと思うと、真剣な顔で心配し始める。
さっき日向ちゃんやたっくんと遊んでいた時もそうだったけど、学校で見る吉野くんとは、まるで別人だ。
けど、それも長くは続かない。
ハッと我に返ったように息を飲むと、恥ずかしそうに顔を赤くし、それをごまかすように咳払いをする。
「……おかしいなら笑えよ」
「えっ?」
「どうせ、さっきの俺を見て、シスコンとか思ってたんだろ。その通りだよ。おかしいと思ったら笑えよ」
「それは……」
拗ねたようにプイッとそっぽを向く。
うーん。確かにさっきの溺愛ぶりを見ると、シスコンって言えなくもないかも。
「い、いいじゃない、シスコンでも」
「シスコンってこと、否定はしないんだな」
「うっ。それは……」
まずい。このままじゃ、また機嫌が悪くなりそう。
でも、シスコンでもいいっていうのは、本当だから。せめてそれだけでも伝えないと。
「そ、そんなこと言ったら、私だってブラコンだよ!」
「はっ?」
「いや、たっくんは甥っ子だから、ブラコンって言うのはおかしいか。と、とにかく!」
スマホを取り出し、中にある画像フォルダを吉野くんに見せる。
そこには、たっくんの写真が何枚も何枚も何枚も表示されていた。
「私が撮ったのだけじゃなくて、お姉ちゃんにも、可愛い写真があったら送ってって頼んであるの。暇な時は、これ眺めてニヤニヤしてるよ。けど、それが悪いなんて思ってないもん!」
走るたっくん。お昼寝するたっくん。友達と一緒に遊ぶたっくん。それらの写真を次々にスライドして見せる。
すると途中で、吉野くんが声をあげた。
「待て。今の写真、もう一度見せろ!」
「えっ?」
なに?
一度手を止め、言われた通り、見せていた写真をひとつひとつ順番に戻していく。
「それだ! もっとよく見せてくれ!」
吉野くんがストップをかけたのは、この保育園の砂場で遊んでいるたっくんの写真。お姉ちゃんが送ってくれたやつだ。
ただ、そこに写っているのは、たっくんだけじゃなかった。たっくんのすぐ横に、同じように砂遊びをする日向ちゃんが写ってた。
それを、吉野くんは真剣な顔で見ている。
「もしかして、日向ちゃんが写ってるの、まずかった?」
世の中には、他の人の写真に写り込むのは嫌って人もいるかもしれないし、吉野くんもそうなのかな?
「いや、別にダメだって言ってるわけじゃない。ただな……」
「ただ?」
「その写真、俺にもくれないか?」
えっ、そっち!?
まさかの言葉に驚くけど、たしかにこの写真の日向ちゃんはすっごく可愛くて、ベストショットって感じ。
これは、ほしがるのもわかる。
「いいよ。えっと、吉野くんのスマホに送ればいいんだっけ?」
「ああ、頼む」
吉野くんもスマホを取り出し、連絡先を聞く。それから写真を送ろうとしたけど、はたと気づいた。
今、吉野くんと連絡先交換したよね。
そりゃ、そうしなきゃ写真は送れないけど、吉野くんの連絡先って、ほしがる子はたくさんいそう。
そんな貴重なもの、アッサリ手に入れていいのかな?
「どうかしたか?」
「う、ううん、何でもない。今送るね」
さっきの写真を送ると、吉野くんは目を輝かせて見つめていた。
まあ、特に気にしていないみたいだし、いいか。
写真をひとしきり眺めた吉野くんは、私に対する視線も、だいぶ柔らかいものになっていた。
「写真、ありがとな。けど、その……今日見たこと、学校の奴らには言わないでくれるか?」
「シスコンだってこと?」
「ああ。あと、シスコンって言うのはやめてくれ」
「ご、ごめん」
いけない。せっかく機嫌が直ったのに、また逆戻りしちゃう。
「まあ、お前はそれでからかったりはしないみたいだけどな」
「し、しないよそんなこと! って言うか、吉野くんをからかう人なんているの?」
「いる。俊介だ」
「あぁ……」
俊介っていうのは、隣のクラスの大森俊介くんのことかな。
吉野くんとは小学校の頃からの友達で、彼にグイグイ話しかけられる数少ない人ってことで、何かと目立つ人だった。
「別にアイツは、悪気があって言ってるわけじゃなく、面白がってるだけなんだけどな。俺は、それが面白くない」
そう言った吉野くんは、本当に面白くなさそうに、クシャリと顔を歪めてた。
「う、うん。わかった」
「あとできれば、俺が毎日ここに迎えに来てることも秘密にしといてくれ」
「そこまで? 別にいいけど」
いくらなんでも、そこまで徹底しなくていいと思うけど、吉野くんがそう言うなら秘密にしておこう。
「さてと、そろそろ帰るか。日向ーっ!」
吉野くんが呼ぶと、遊んでいた日向ちゃんがテテテと走りながらやってくる。
たっくんも一緒だ。
「お兄ちゃん、もう帰るの?」
「ああ、そうだ。だから、ちゃんと挨拶するんだぞ」
「うん。バイバイ、たっくん」
「日向ちゃん、また明日ね」
日向ちゃんが手を振ってバイバイすると、たっくんもバイバイする。
それに吉野くんも、たっくんの頭を優しく撫でた。
「いつも日向と遊んでくれて、ありがとな」
もしかして吉野くん、日向ちゃんが可愛いってだけじゃなく、子ども全般が好きなのかな?
なんだかこの短い時間で、吉野くんの意外な一面をたくさん見た気がする。
ビックリしたけど、なんだか微笑ましかった。