吉野くんの背中で、日向ちゃんがスヤスヤと寝息を立てている。
 あれから日向ちゃん、すぐに泣き疲れて寝ちゃったんだよね。
 それを吉野くんがおんぶして、みんなで吉野くんの家に向かう。
 すっかり涼しくなった夜風が、なんだか心地よかった。

「ありがとな」

 不意に、吉野くんが呟く。

「坂部がいてくれなかったら、日向をみつけられなかったかもしれないし、あんなことした理由も、知らないままだったかもしれない」
「そんな、たまたまだよ。それに、ケンカの理由、吉野くんにはちゃんと知っててほしいって思ったから」

 先に手を出したのは、もちろん悪いこと。
 だけど、これを吉野くんが知ってるか知らないかでは、きっと全然違う。

「坂部。前に、小さい頃は姉さんに面倒見てもらってたって言ってたけど、うちと似たような事情だったんだな」
「うん。お父さんやお母さんのかわりに、お姉ちゃんにたくさん甘えてたんだ。日向ちゃんが、吉野くんに甘えてるみたいに」

 だから日向ちゃんの気持ちがわかる。
 なんてのはさすがに言い過ぎかもしれないけど、放っておけないって思ったんだ。

「坂部がいてくれてよかった。本当、ありがとな」
「だ、だからそれは……」

 こう何度もお礼を言われると、なんて答えたらいいのかわかんなくなっちゃう。
 嬉しくないわけじゃないよ。むしろ、すっごく嬉しい。
 ただ、好きな人からこう何度もありがとうって言われると、嬉しすぎてどうにかなっちゃいそう。

「よ、吉野くんだって、私のことたくさん助けてくれたじゃない。ほら、草野さん達のこととか」
「あれは、半分は俺が原因みたいなものだろ」
「そんなことないよ。それに助けてもらっただけじゃなく、あれからずっと彼氏のふりだってしてくれてるでしょ」

 彼氏のふりなんてしてくれなかったら、今でも草野さん達と揉めてたかもしれない。
 助けてもらっているのは、私だって同じなんだから。
 すると吉野くんは、少しの間黙り込んだ後、ポツリと言った。

「彼氏のふり、か……」

 それから、また黙り込む。

 あれ? もしかして、いい加減疲れたとか、もうやめたいとか思ってる?
 好きでもない人と付き合ってるふりなんて普通に大変だから、ありえるかも。

「別に、ふりじゃなくてもいいんだけどな」

 …………えっ?

「ふりじゃなくて、本当に付き合ってもいい。って言うか、そうなりたい」

 …………えっ? えっ? えぇっ?

 吉野くん、いったい何を言ってるの?
 言葉の意味がわからず、ううん、なんとなくわかりはするんだけど、あまりにもありえないことを言われたもんだから、頭の中が真っ白になる。

「ど、どういうこと?」
「坂部と、本当に付き合いたいってこと」

 私を見つめる吉野くんの表情は、真剣そのもの。
 視線が合って、その瞬間、ドクンと心臓が大きく跳ねた。

「つ、付き合いたいって、なんで!?」
「そんなの、好きだからに決まってるだろ」

 言い放たれたその言葉は、今まで聞いてきたどれよりも甘く感じた。